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ドラゴンクエスト7の小説ブログです。 9プレイ日記もあります。
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「あー、イルカがいる、イルカが」

誰が最初に気づいたのか、海賊たちの幾人かが仕事の手を休めて遠い水面を見下ろした。

「アルス、イルカがいるわよ!」

アルスはマリベルにそう声をかけられて、船べりから身を乗り出して下を見た。青い海に、悠然たる影が透けて見えた。

「何頭いるのかしら。すごいわね。」

そこにシャークアイがやってきた。

「アルス殿、マリベル殿。どうかしましたか。」
「シャークアイ、イルカがいるんです。ほらっ。」

シャークアイは、ふむ、という顔で船べりに両肘を預けて海面を見た。やっぱり背が高いなあ、とアルスは思う。同じ姿勢をアルスは取れないから。

「なるほど。ずいぶん気持ちよさそうに泳いでいるものだ。」
「うん。」

シャークアイはしばらくアルスと並んで柔らかな表情でイルカたちを見ていたが、急にがちゃん!という音をたてて鎧を足元に落とした。

「え?」

一瞬の出来事にアルスが驚いてシャークアイを見上げると、アルスの目の前を、シャークアイの大きなマントがばさりと翻っていった。主人を失って宙をはためくマントの向こう、落ちていくシャークアイのぱあっと楽しそうな横顔が一瞬アルスの眼に映った。

「シャーク、えええ!?」

シャークアイは落下の最中に器用に船側を蹴って船と距離をつける。

「あー。総領ー。」

気づいた海賊の一人が呆れた声を上げた。直後、ばしゃーん、という盛大な音とともに、シャークアイの悲鳴が船の上まで響いてきた。

「あーあー、キャプテン、なにやってんですかあ!」

シャークアイはばしゃばしゃと水をはねながら顔を出して海賊のほうを見た。

「ものすごく冷たい!! 水が!!」
「そりゃ冷たいに決まってまさあ! ここがどこだと思ってるんです!?」
「冷たいと思わなかったのだ!!」
「イルカに夢中でですかい!? もう、呆れまさあ、早くあがってくだせえ!」
「寒い!!」

寒い、寒い、と言いながらシャークアイはしばらく海の上で右を見たり左を見たり震えたりしていたが、やがて

「慣れてきた!」

と一言言い残して、イルカのほうまで泳いで行ってしまった。

「ありゃ風邪引くぜ。こんな寒いのに。」
「アルス様、真似しちゃいけませんぜ。この高さから飛び降りると痛いですよ。」

アルスはドキドキしながら海面を見た。シャークアイがイルカにくっついて泳いでいる姿が時々見えた。アルスは何となく許可を求めるような気持ちでマリベルを振り返った。マリベルはいつものようにアルスの心を見抜く、呆れたまなざしを返す。

「なによ、アルス。あんたまで泳ぎたいって顔しちゃって!」

――――――――――
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期間限定様


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長年の相棒、すっかり手に馴染んだ砲台の準備は完璧、
魔物どもを蹴散らす最高の弾が撃てるわ、と女は思った。
マール・デ・ドラゴーンの船側砲を預かる海賊は、何も男ばかりではない。


今夜の船は特別だ。
酒も料理も大盤振る舞い。コスタールの兵たちも一緒になって騒いでいる。
なにしろあのシャークアイに、ついに子供ができたのだ。

「おう、お前。」

大砲にもたれかかって酒を飲んでいた女のところに、一人の男がやってきた。
女と同じく船側砲の担当をつとめる夫。二人はいつも夫婦並んで砲台に立ち、魔物相手に戦っている。

「大決戦しようってときにアニエス様ご懐妊の宴だなんて、さすがシャークアイねえ。」
「そうだなあ」
「あたしらの息子もあんな男に育ってほしいもんだ。どこかの荒くれ旦那みたいじゃなくてさ。」
「なんだと、こいつ」

そこまで言って男はふと、妻の様子がいつもと違うことに気づいた。
ぱっと明るい、花の咲いたような口もと。

「…なんでえ、おまえ、化粧なんかしやがって」
「アニエス様ご懐妊の祭りじゃないか、化粧くらいするよ。惚れ直したかい?」
「ばか」

宴の大騒ぎの中、女がそっと唇を寄せた。

「ばかやめろ、紅が移る、紅が」
「なに恥ずかしがってんだい」

遠くの海の雨雲が迫り、ぽつぽつと降り始めた雨が、頬に当たる。

「いい雨ねえ。戦にぴったりの嵐になりそうじゃないか。」
「ああ、荒れそうだなあ。」

砲台の前に夫と二人並んで、
これから魔王をぶっ倒すと思うと心が躍った。

「さーあ、戦うよ!」

おお、うちのカミさんは怖い女だなあ、と、男は嬉しそうに言って笑った。

――――――――――
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期間限定様

マール・デ・ドラゴーンの船側砲のところにいる夫婦のお話でした。
きっと威勢のいい女海賊なのだろうと思います。
船員どころか、船自体がマイナーですが、色んな人が乗っている様子を少しでも伝えられれば嬉しいです。


その猫は決戦前の雨に濡れていた。
足音が猫の前で立ち止まる。
猫はその靴先に身体を擦りつけ、戯れた。
水滴を落とす大きな手が伸びてきて、濡れた頭を撫でた。

「ミント。」

シャークアイは猫を持ち上げるとじっとその顔を見た。
愛猫ミント。いつもシャークアイとアニエスの部屋に眠っていた猫。

「…お前はいい猫だ。」

最近は戦いに忙しい主人にあまり構われなかったミントは、にゃあんと甘い声で鳴いた。
ぶる、と少しだけ身体を震わせると雨のしずくが飛び散り、主人を笑わせた。
シャークアイはミントを柔らかなタオルに包むと、両腕に抱いたまま船を下りた。
砲台に男たちが集まって戦の準備をしている。




コスタールの王宮、謁見の間の上に位置する客室。
アニエスは窓の外を見ていたが、シャークアイの靴音を聞いて振り返った。

「アニエス。」

濡れた髪のシャークアイがそこに立っていた。
その腕からするりと猫が降り立ち、主人の足元を歩く。

「シャークアイ。来てくれたの?」
「起きていたのか、アニエス。あまり無理しないでくれ。」
「ふふ、平気よ。このお部屋、とても居心地がいいわ。…おいで、ミントちゃん。」

ミントは主人のそばをなかなか離れようとしない。
不安そうにうろうろと歩きまわる。主人の歩みを妨げるように。

シャークアイはミントを抱きあげ、埋もれた喉を掻いてやってから、
アニエスのベッドの前に膝をついた。

「遠慮なさらないで座って下さいな。あなた。」
「いや、ここでいい。濡れているから。こっちにおいで、アニエス。あまり窓際にいると身体を冷やすよ。」
「もう、心配ばっかりね。」

アニエスはすなおにシャークアイの言葉に従って、ベッドの上に腰かけた。
はなやかで優しい、ピンク色の天蓋に、アニエスの金色の髪が透ける。

「ミントちゃん、嬉しそうだわ。久しぶりにあなたに可愛がってもらって。」
「ミントを置いていく。」
「あら、そうなの?」
「お前ひとりでは寂しいだろうと思ってな。ミントにも少しの間、アニエスと一緒にここでオレを待っていてもらおう。」


優しい会話の終わりに、物問いたげな猫の甘い鳴き声。
シャークアイは微笑して指先で背中の毛並みに触れた。


「…もう行くよ。アニエス。オレがいない間も身体を大事にしてくれよ。」
「ええ。ありがとう。気をつけて、あなた。」
「うん。アニエスも。…ミント、お前もな。」

去ろうとするシャークアイのほうを、ミントの両眼がじっと見ている。
こんなふうに人を見るときの猫の目は、いつもどこか、人の周りにある虚空を見つめていて、まるで迫り来る未来に気づいているかのよう。
勘の鋭い猫が不安な鳴き声を上げる前に、シャークアイはミントの喉を優しく愛撫した。
何度も何度も、ミントが幸福そうに眼を細めるまで。

「いい子だ、ミント。アニエスとオレたちの子を、頼むぞ。」


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お題はこちらのサイト様から頂きました
capriccio様


夢うつつ、
あたたかな、いのちの色がまぶたに透けている。


ぽかぽか陽気に包まれて、
大きな船の上、
普段は毒舌家のマリベルも、僕の隣で、うつら、うつら。
さっきから僕の寝顔にいたずらしてるのは、ガボ。

いねむりのアルスは無防備すぎるって、
昔、キーファに言われたっけ。



波音のように、遠く響く優しい足音。
眠りかけた僕の耳をくすぐる会話のかけら。



「いいのよ、シャークさんも、つっついても。アルスのほっぺたって、みーんなつっつくんだから。」
「そうなのですか?」
「こいつ、これで16歳なのよ。嘘みたいじゃないの。」




冷たい指先が、
つん、
と頬をつついていった。




――――――――――
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capriccio様


色々考えたすえに、とても短いお話になりました。
シャークアイは普段アルスに遠慮していると思うのですが、
あまりよそよそしすぎてもさみしいので、なるべくハッピーなところを書きたいなあと思います。


おおっと!
ツボの中から黒い猫!!

……と思ったら、ぬいぐるみだった。


両手で持ち上げてみると、身体の中身は綿だった。
軽くってふわふわ、
いい手触り。
ぷらんと垂れた尻尾が揺れるのが可愛い。


「おや、アルス殿。その猫。」


シャークアイがやってきて、僕の手の中の猫を見た。
これ誰のぬいぐるみなのかな。
ツボの中にあったのに、ずいぶん身綺麗で、
何だか、新しいみたいに見えるんですけど。

「シャーク、これ誰の?」
「よろしければアルス殿に進呈しましょう。」
「え?」
「それは先日マーディラスから連れてきたもので…」

ああ、シャークアイって、ぬいぐるみにも手を出しちゃうのか…。
てっきり生き猫だけかと。いい大人だし。


「いや忙しい。荷の整理くらい船員に任せたいのですがこのあたりのものはすべて俺の私物でしてな。カデルが早く片づけろとうるさいのです。今日中に決算がどうとか細かい男だ、わっはっは! そうそうアルス殿、その猫は喋るのですぞ。」
「えっ?」


シャークアイは僕の疑問には答えないでコンテナの片づけを始めた。
だいたい私物と称してシャークアイが仕入れるものの多くは船員のためのプレゼントだったりして、シャークアイっていい上司なんだ。まあ、この猫は間違いなく自分用だろうけど。

僕はしげしげとぬいぐるみを眺めた。
この猫が、喋る、だって?

「…お前、喋るの?」
「…ニャー」
「えっ」

ほんとにニャーって言った!
僕はびっくりして猫のぬいぐるみを見つめた!
猫の口元は確かに笑っているけど、いや、でも、それはもともとそういう顔だよね?
ぬいぐるみ、だよね?

「…ええっと…、こ、こんにちは、ネコさん。」
「はじめましてだニャー。」
「!!」

僕は今度こそ背後を振り返った。
シャークアイは背中を向けてせっせと荷物を解体している。
長い黒髪が揺れていた。
忙しそうで、とても話しかけられる雰囲気ではない。


僕はまたおそるおそる猫を見た。
ぺろんと垂れた尻尾の揺れ具合に、何かこう、一瞬前に見たものを思い出すような…。

黒いふわふわのお腹を両手できゅうっと押すと、
ぬいぐるみは「こんにちは」って挨拶するみたいに、僕に向かって身体を傾ける。
その愛くるしい黒猫にじっと見詰められたまま、僕は、そーっと後ろを顧みる。

「……いま、喋ったよね?」
「…ニャー?」

………。

「……僕、アルス。よろしくね?」
「よろしくニャー!」
「……ネコさん、僕と友達になってくれる?」
「アルス殿と一緒に遊びたいニャー!」


ああ、シャークアイ、すごく忙しそう。




――――――――――
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カデルって誰だっけ?



小説にカデルがよく登場するようになったので、本日はカデルについて少し長めに書こうと思います。

カデルはシャークアイの部下。
マール・デ・ドラゴーンの舵を預かる海賊さんです。

マール・デ・ドラゴーン号は船とはいえ、海上の一国とも言える大きさの巨大海賊船。石造りの建築物や、噴水まであり、たくさんの人が生活しています。そのなかで、ゲーム中に名前が出てきたのは、

シャークアイ
ボロンゴ
カデル
アニエス
ミント

の5人(4人と1匹)だったと記憶しています。
一国あたりに出てくる人名というのはおよそこのくらいだと思うので、マール・デ・ドラゴーンという一国においてカデルはちゃんと名前が出てくるくらいの重要人物です。

カデルの初登場は、コスタール王から派遣されたコスタールの大臣たちが、マール・デ・ドラゴーンに突撃的に訪ねてきた時です。カデルはこの急報をシャークアイに伝えるために、舵にいるシャークアイのところまで息せき切って走っていきます。

「はあ、はあ…シャークの旦那!」

と、いかにも事件ありげな様子なのにもかかわらず、シャークアイは

「どうした、カデル? 出航の準備が整ったのか?」

と、こんな具合です。モル元はこの場面にびっくりしました。そして、何だかおかしくて好きです。


シャークアイはコスタールの大臣たちが派遣されてきたことを知らされ、カデルが報告している最中から思案を始めます。その様子を見たカデルは、シャークアイが心ここにないのかと思って

「キャプテン・シャークアイ? 聞いてます?」

と途中で言葉を切ります。シャークアイは

「ああ…聞いているよ、カデル」

と答える、このやりとりもモル元はとても好きです。カデルの喋り方がすごくいいし、何しろシャークアイの喋り方が異様にかっこいい! これはどうしたこと! いったいなにが起こったのか! シャークアイの喋り方はどうしてこんなにかっこいいのか、とても黙ってゲーム画面を見てなどいられないほどであるわけですが、このたびのコーナーはカデルについてのお話ですから、話を先に進めます。



死を覚悟してコスタールを離れる決戦の前夜。
シャークアイはカデルのことを、「お前には本当に感謝している」、「お前のような頼りになる相棒」などとさんざん言っているので、付き合いは長く深いようです。カデルはキャプテン・シャークアイの右腕なのですね。
このときも舵のところにいたし、コスタールの大臣たちが訪ねてきたときも舵のところにいたので、舵を前に色々と語り合う習慣があったのではないかと思います。

この最後の夜に、シャークアイはカデルに「自分がいなくとも立派に成長した息子の夢をみた」こと、「自分には海神に仕える本当の力はない」ことなど、他の船員には告白しないような心情を吐露しています。それから、これは比較対象が少ないためモル元の気のせいかもしれないのですが、シャークアイはカデルと喋る時は普段より少しばかり、くだけた感じになっている気がします。語る内容のためかもしれませんが…。

カデルは見た目が凡百のモブ海賊なのにもかかわらずこのようにシャークアイの厚い信頼を得ており、そのギャップにぐっとくるのはモル元ばかりではないようです(以前友人に無理やりシャークアイの話をきいてもらったとき、その友人もそう言っていたので少なくとも二人はそう思っています)。冷静に考えれば開発スタッフがカデルのために別途キャラデザをする必要を認めなかったまでのことですよね! いや、そんなつまらぬ考えはよそうではありませんか! ようするに「カデルはパッと見は普通の海賊に紛れるのだが、その実は並みならぬ舵の腕があり、総領の信頼もあつい頼もしい男」ということなのです。実際、舵を任せられているだけあってカデルの地位は船員のなかでも高いほうらしく、ボロンゴや他の船員に命令しているシーンも何度も見られます。



さて、カデルのよさを伝えるのは本当はモル元のこのようなのらりくらりした冗長な語りなどではなく、あの素晴らしいドラゴンクエスト7というゲームそのものなのです。が、カデルに出会うまでは場合によってはちょっと思ったよりこころもち長めの時間がかかるかもしれませんので、すでにご紹介した関連動画などご覧いただければ、だいたいここにご説明した内容が正しく伝わるかなと思います。

そんなわけで、カデルのお話でした。
仲が良くて、互いに尊敬している二人の主従関係はとても素敵だと思います。
ここまで長々と読んでくださった方、ありがとうございました。モル元。


どんな極寒の海でも感じたことのない強烈な冷気が襲って来た時、
咄嗟に身体が動いていた。

全員が死ぬ、もろともに死ぬと、頭では理解していた。
ただの人間である自分より、精霊の加護を受けた主人のほうが強靭であることも。
だが反射的に、主人をかばおうと。
この命を賭して。






身体の上が、重たい。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、次第に明瞭になっていく視界にとらえたのは、
闇色にけぶる空だった。
指先をぴくりと動かしてから、カデルはようやく気づいた。
生きている。


「……?」


あたりはひどく静かだった。
魔王はどうしたのだろう。 
最後の決戦の行方は、
われらマール・デ・ドラゴーンは、コスタールは、世界はどうなったのだ。

「…シャークアイ様!!」

そうだ、主人は、キャプテン・シャークアイはどうなったのだ!
跳ね起きようとした瞬間、それを阻んでいるものが自分の上に重なった人間の身体であり、そしてそれが他ならぬシャークアイであることに気づき、カデルは驚いてその肩に触れた。
血に汚れて絡む黒髪の間から、蒼白の頬が覗いていた。
ぞくりと恐怖が駆け巡る。
伏せられたまま揺れもしない睫。
感情のない眉もまた、微動だにしない。

「そ、総領! 総領様!!」

カデルは必死にシャークアイに呼びかけた。
力を込めて自分の身体を起こし、ぐったりと重たいシャークアイを抱きかかえ、仰向けに寝かせる。
黒い髪が冷たい甲板の上に散った。
水の紋章を施した鎧も傷だらけになっていた。先ほどその肩に手が届いた理由も、肩あての部分がすべて失われていたせいだ。
マントは幾条にも引き裂かれている。

カデルは主人の胸を覆っていた甲冑を外し、凍えたその頬に触れた。
動かない喉に触れ、胸の上に掌を押しつける。

「うそでしょう、総領…っ」

そのとき、触れていた身体の遠くから、
とくり、と揺らぐ音が聞こえた気がした。
とくり、とくりと次第に確たるリズムをもつ。
自分自身の心音ではない、たしかに、あなたの。


「…生きてる! 生きてますね!? キャプテン!! シャークアイ様!!」
「……う………。」

何度も何度も呼びかけるうち、ようやくシャークアイの眉と唇が動き、
喉から、低いうめきが洩れた。
うっすら開かれていく瞼、瞳のわずかな光、その表情の動きが全てカデルの網膜に焼き付いていくかのようだった。

「…カデル。」

名を呼ばれた瞬間、シャークアイを映していたはずの視界が大きく膨らんでぼやけた。

「旦那ぁ!!」
「…われらは一体どうしたのだ。魔王は…?」

ひとたび意識を取り戻したシャークアイは強く、自力で身体を起こした。
シャークアイはすぐにあたりを見渡した。その動作につられ、ようやくカデルも甲板の上に眼をやった。
いつのまにか、そこかしこで船員たちが意識を取り戻し、ざわめきが生まれていた。

「シャークアイ様! カデル様ぁ!!」

数人の船員たちが駆け寄ってくる。カデルはシャークアイの背中を支えた。

「一体わしらはどうしたのです?」
「…オレにも分からん。が、どうやら魔王軍は去ったようだな。とにかくまだ倒れている船員たちを助けよう。おおい皆! けが人を運べ! ボロンゴ! 船室にいる連中も無事か、呼んできてくれ。…なんだ、この空は。」

事態に困惑していた船員たちが、総領の声を受けて何はともあれ指示に従い、のろのろと動き始めた。シャークアイは不審な空を気にしながらも、ほうぼうに集まる海賊たちに次々と声をかけていく。船は随所に破損があるようだったが、シャークアイの態度を見る限り、航海できぬほどではないらしかった。

船全体の様子をざっと確認したシャークアイは再びカデルのいる場所まで戻ってきた。長身は傷つき汚れていたが、その足取りは混乱する船の乗員たちを安心させるに足る落着きをもっていた。

「カデルここがどこだか分からんか。…カデル!」
「へいっ」

まだ甲板の上にへたばっていたカデルは慌てて返事をした。まわりの連中が動き始めているのに、自分ばかりがいつまでも放心したままだったことを悟って反省する。気づけば頬が涙に濡れていた。叱られるものとばかりカデルは思ったが、シャークアイは意外にもどこかはにかむような笑顔を向けた。

「気がつく前、夢の中にいるとき一番最初にお前の心臓の音が聞こえた気がしたよ。カデル。生きていてくれてよかった。」

穏やかな懐かしい声にカデルは堪えきれずまた泣いた。
息のないシャークアイの身体に向かい合ったときの不安と後悔は言い知れない。
記憶が途切れる直前、カデルは主人の命の盾となるべく躍り出たはずだったのに、最後に見たものは襲いかかる氷の刃ではなかった。強い力で背後から肩をつかまれ、引き寄せられて、あのとき視界を埋めたのは、覆い被さる大きな優しい身体だった。

「…最後、おれをかばってくださったのですか。どうして……」
「お前が飛び出してくるからだ。舵取りに死なれてこの船が立ちゆくと思うなよ。」

シャークアイはそれだけ言うと再び身を翻した。忙しいのだ、働かなくてはと思うのに、膝になかなか力が入らない。シャークアイはそんなカデルを咎めるでもなく、肩越しに振り返った。生命の力を湛えた一対の泉。荒れた髪が風になびいている。かつてのように。いつものように。


「視界が悪いがおよその位置を調べてくれ。カデル、まずは最寄りの港に向かおう。」


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プロフィール
HN:
モル元
性別:
女性
自己紹介:
ゲーム大好きモル元です。

9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!

シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。

シャークアイ、かっこいいよね!
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