ドラゴンクエスト7の小説ブログです。
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最後に会話が途絶えてから、それほど長く俯き、盤ばかり見ていただろうか。ナイトを進めて顔を上げた時、王は対戦者が眠りに落ちていることに気付いた。
「…シャーク?」
声をかけても反応はない。いつから意識を失っていたのか、脱力した背中をソファに委ね、目を閉じた顔はわずかに横に傾き、ぴくりとも動かなかった。
「シャークアイ? 眠ってしまったのか?」
駒一つに長考したのは勝負が白熱していたからではなく、むしろ盤を手遊び程度に扱っていたからだ。それはシャークアイにとっても同じで、次の手を、と促すために起こすほどゲームに執着があるわけではない。
…どうしようか。
王は席を離れ、シャークアイに近づいた。腰を屈めて顔を覗き込むと、眠りはまだ浅いらしく、表情にいくらか緊張が残っていた。呼吸のリズムも短い。上下する胸は頑強な鎧に覆われていて、眠るにはいかにも窮屈そうだ。それは起こす理由になるだろうか。
何か、彼の眠りを破るためにはまっとうな言い訳が必要だった。実のところは夜更かしの王が一人きりで醒めた世界に取り残されることに耐えられないだけだ。が、かと言って所在なさを理由に肩を揺さぶるような我儘者にはなれなかった。友人に対する気遣いが半分、残りは王自身の気位によるものだ。
「眠るなら鎧を取らないか? その装備では苦しいだけだろう。」
だが、我儘と言うのなら今更だった。そもそも一日をコスタールのための戦闘に費やして疲労したシャークアイを、夜にまでこうして招いていること自体が身勝手なのだ。この上「つまらぬから起きてくれ」と言える立場でない。いや、むしろ早く起こして帰してやったほうが、はるかに友のためだろう。そしてあまり呼び立てないほうが。
そう分かっていて王はなお招くことを遠慮しないだけの傲慢さも持ち合わせているのだから、シャークアイにしてみれば厄介な友人に違いなかった。礼儀を重んじるシャークアイが一国の王の親しい招待を簡単には断れないことを王は知っていたし、その上、彼の優しい心につけいるように孤独がってみせ、むやみに同情を引いていることは悪質な遣り口だと、王自身も自覚していた。
「…起きないのか?」
夢うつつに王の声が届いたのか、シャークアイの眉が僅かに顰められた。
半ば目覚めかけた手が重たそうに持ち上がり、肩の留め具の上で止まった。それきりまた動かない。呼吸は先程より少し長くなり、そう寝苦しいわけではないらしかった。王は肩に置き去りにされたシャークアイの手を掴み、そっと脇に下ろした。鎧の継ぎ目を観察してみたが、マール・デ・ドラゴーンの男たちが纏う鎧は他国の技術で鍛えられていて、コスタールの王には外し方は分からなかった。
王はため息をつき、友人の眠るソファの横に腰を下ろした。床の上だが、咎める臣下の眼がないのなら王自身は気にしなかった。目の前には投げ出された海の覇者の足があり、王は膝を立てて座ったままぼんやりとそれを見つめた。すらりと伸びた両足は甲冑に包まれ、頼もしい戦士の威厳を滲ませている。見上げれば長い黒髪は先程触れた肩の付近だけが乱れ、残りは真っ直ぐ背中を滑り落ちていた。衣服の輪郭が、呼吸に合わせて規則正しく緩やかな変化を繰り返している。
しばらく黙ってその寝姿を見つめるうち、無聊を嘆く不安な気持ちは次第に小さくなってやがてかき消え、かえって思わぬ安らぎが胸の内に広がっていった。王はその変化に驚きを感じた。思えば、眠る者を隣に得て、その穏やかで確実な生命の存在感のうちに心身をひたすことなど、いつ以来だろうか。
物音を立てぬよう、そっとソファの肘に頭をもたれかける。友の身に配慮するなら、今すぐにでも彼を起こして自室に戻してやることこそ親切だとは分かっていた。彼には時計の針を眺めながら目覚めて待つ人がいて、彼自身もそこを居場所に望んでいるのだから。寂しいのは私だけではないという自戒と、ならば結局私だけなのだという切なさとがせめいだ。
いくら不自由のない立場に生まれ、守られて生きたと言って、子供の時分ならともかく、昔からこんなに心が幼くて自分勝手だったわけではない。奪われ、そして後に与えられたものが大きすぎたことが王を変えたのだ。どれほどの苦労や面倒をかけて疎まれるべきことをしても決して憎まれない、結ばれた友情は尊く、まるで不可思議な力によって最初から約束されていたものであるかのようだった。それに頼り、おのれに甘く接することが王にとって今残された唯一の生きる術になっていた。
息を潜め、目を閉じて、部屋に満ちる優しい気配に身を委ねた。自分にも聞こえないほどひそやかに深い呼吸を試みる。ゆっくりと力が抜けていく。何年も冷たく強張っていた肉体から。
このまま、あと少しだけ。
――――――――――
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
web拍手。
お気に召しましたら押して頂けると励みになります。コメント頂けると嬉しいです!
「…シャーク?」
声をかけても反応はない。いつから意識を失っていたのか、脱力した背中をソファに委ね、目を閉じた顔はわずかに横に傾き、ぴくりとも動かなかった。
「シャークアイ? 眠ってしまったのか?」
駒一つに長考したのは勝負が白熱していたからではなく、むしろ盤を手遊び程度に扱っていたからだ。それはシャークアイにとっても同じで、次の手を、と促すために起こすほどゲームに執着があるわけではない。
…どうしようか。
王は席を離れ、シャークアイに近づいた。腰を屈めて顔を覗き込むと、眠りはまだ浅いらしく、表情にいくらか緊張が残っていた。呼吸のリズムも短い。上下する胸は頑強な鎧に覆われていて、眠るにはいかにも窮屈そうだ。それは起こす理由になるだろうか。
何か、彼の眠りを破るためにはまっとうな言い訳が必要だった。実のところは夜更かしの王が一人きりで醒めた世界に取り残されることに耐えられないだけだ。が、かと言って所在なさを理由に肩を揺さぶるような我儘者にはなれなかった。友人に対する気遣いが半分、残りは王自身の気位によるものだ。
「眠るなら鎧を取らないか? その装備では苦しいだけだろう。」
だが、我儘と言うのなら今更だった。そもそも一日をコスタールのための戦闘に費やして疲労したシャークアイを、夜にまでこうして招いていること自体が身勝手なのだ。この上「つまらぬから起きてくれ」と言える立場でない。いや、むしろ早く起こして帰してやったほうが、はるかに友のためだろう。そしてあまり呼び立てないほうが。
そう分かっていて王はなお招くことを遠慮しないだけの傲慢さも持ち合わせているのだから、シャークアイにしてみれば厄介な友人に違いなかった。礼儀を重んじるシャークアイが一国の王の親しい招待を簡単には断れないことを王は知っていたし、その上、彼の優しい心につけいるように孤独がってみせ、むやみに同情を引いていることは悪質な遣り口だと、王自身も自覚していた。
「…起きないのか?」
夢うつつに王の声が届いたのか、シャークアイの眉が僅かに顰められた。
半ば目覚めかけた手が重たそうに持ち上がり、肩の留め具の上で止まった。それきりまた動かない。呼吸は先程より少し長くなり、そう寝苦しいわけではないらしかった。王は肩に置き去りにされたシャークアイの手を掴み、そっと脇に下ろした。鎧の継ぎ目を観察してみたが、マール・デ・ドラゴーンの男たちが纏う鎧は他国の技術で鍛えられていて、コスタールの王には外し方は分からなかった。
王はため息をつき、友人の眠るソファの横に腰を下ろした。床の上だが、咎める臣下の眼がないのなら王自身は気にしなかった。目の前には投げ出された海の覇者の足があり、王は膝を立てて座ったままぼんやりとそれを見つめた。すらりと伸びた両足は甲冑に包まれ、頼もしい戦士の威厳を滲ませている。見上げれば長い黒髪は先程触れた肩の付近だけが乱れ、残りは真っ直ぐ背中を滑り落ちていた。衣服の輪郭が、呼吸に合わせて規則正しく緩やかな変化を繰り返している。
しばらく黙ってその寝姿を見つめるうち、無聊を嘆く不安な気持ちは次第に小さくなってやがてかき消え、かえって思わぬ安らぎが胸の内に広がっていった。王はその変化に驚きを感じた。思えば、眠る者を隣に得て、その穏やかで確実な生命の存在感のうちに心身をひたすことなど、いつ以来だろうか。
物音を立てぬよう、そっとソファの肘に頭をもたれかける。友の身に配慮するなら、今すぐにでも彼を起こして自室に戻してやることこそ親切だとは分かっていた。彼には時計の針を眺めながら目覚めて待つ人がいて、彼自身もそこを居場所に望んでいるのだから。寂しいのは私だけではないという自戒と、ならば結局私だけなのだという切なさとがせめいだ。
いくら不自由のない立場に生まれ、守られて生きたと言って、子供の時分ならともかく、昔からこんなに心が幼くて自分勝手だったわけではない。奪われ、そして後に与えられたものが大きすぎたことが王を変えたのだ。どれほどの苦労や面倒をかけて疎まれるべきことをしても決して憎まれない、結ばれた友情は尊く、まるで不可思議な力によって最初から約束されていたものであるかのようだった。それに頼り、おのれに甘く接することが王にとって今残された唯一の生きる術になっていた。
息を潜め、目を閉じて、部屋に満ちる優しい気配に身を委ねた。自分にも聞こえないほどひそやかに深い呼吸を試みる。ゆっくりと力が抜けていく。何年も冷たく強張っていた肉体から。
このまま、あと少しだけ。
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「この雨では出航は取り止めだな。」
コスタールの港から海を眺め、シャークアイが呟いた。カデルは倉庫の裏にいたが、火のつかぬ煙草を諦め、主人のところまで戻ってきた。
「キャプテン。結論は出ましたかい?」
「うん。やはりやめておこう。」
カデルは空とも海ともつかぬ灰色の世界に視線を投げた。遠くの船は雨に輪郭をかき消され、マール・デ・ドラゴーン号も、ぼんやりと黒っぽい影にしか見えない。
「午後までに止むと思ったんですがなあ。まあ、仕方ないですな。」
「出航を希望していた貿易船には、明日以降にしてもらおう。コスタールを出るまでは護衛出来ても、その後が危険だからな。」
「そうですね。急いでいるようでしたが、安全が一番でさ。」
毛羽立つ陰気な海に、繋がれた幾艘かの船が上下している。気の滅入る天候にため息をついたカデルを見て、シャークアイは笑った。
「悩んでも仕方ない。われわれも一日休養しよう。」
出来れば本日の出航を、と希望していた貿易船のため、雨の降り始めた昨夜から今日の午前中にかけて、シャークアイとカデルは空模様を眺め続けていた。そのせいで気疲れはしていたが、しかし船が出ないとなれば残りの半日、海賊たちのめったにない休養に充てることが出来る。
「カジノでも行くか、カデル?」
「キャプテンは?」
「そうだな。オレは、まずは城に戻ろう。」
倉庫の屋根に跳ねる雨音が激しくなった。シャークアイはカデルと別れ、ひとりコスタール城を目指した。街中には伝令を待つ海賊たちが暇を持て余していた。シャークアイの姿を見ると、彼らは皆、顔を上げた。
「キャプテン! どうなりました!?」
「やはり今日は出られぬ! お前たち、一日休んでくれ!」
「やった。」
海賊たちから歓声があがった。こんな雨でも休養となれば、昼から酒を飲み、コスタール王が用意した王立カジノで遊ぶことが出来る。
「じゃ、さっそくカジノに行っても?」
「行ってくれ。」
シャークアイは笑った。マール・デ・ドラゴーンは今やコスタール国防の要、すっかり日々の戦闘に責任をもつようになった船員たちだが、たまには昔のように、気ままに遊ばせてやりたい。
「キャプテンは?」
「オレは一度城に戻る。仲間を見たらよろしく伝えてくれ。」
カジノに向かう海賊たちに混じり、シャークアイは城を目指した。待つ人を思うと、思わず小走りになる。心はすでに城にあったから、目の前に立ちふさがるまでボロンゴの姿に気づかなかった。シャークアイは驚いて足を止め、ボロンゴを見た。呼吸を乱して先を急ぐシャークアイを、ボロンゴは不思議そうに見た。
「キャプテン、何かあったので?」
「ボロンゴ、お前も船を降りていたのか。今日は休みだ、自由にやってくれ。」
「キャプテンは?」
シャークアイははにかんで言葉を濁した。
カジノや酒場に向かう船員たちの間をすり抜け、石造りの道を走る。急ぐ姿は、人から見れば、雨避けの屋根を求めているように見えるだろう。頭からかぶっていたコートが風に脱げて、火照った頬に冷たい雨粒が伝った。
毎日は忙しく、危険な海に連れていくことも出来ず、こうして長い時間を約束されることは久しぶりだった。喜ぶ人の姿を思い描くと、それだけで胸があたたかくなる。
足元に水を跳ねさせて近づいてくるシャークアイの姿に門番たちは戸惑いの表情を浮かべた。
「シャークアイ様! 何かありましたか?」
「いやいや何もない。今日の出航は取り止めになった。船の者は一日休みにした。」
「そうでしたか。この雨ですからね。では、シャークアイ様も久しぶりにご休養ですね。」
「そういうわけだ。通してくれ。」
「はあ、皆さん昼からカジノですね、いいなあ。といっても僕は普段から交替で休みをもらっている身ですが…」
長話の若い門番にシャークアイは苦笑した。
「すまないがオレは急いでいるのだ。焦らさないで通してくれないか?」
「あっ、すみません、どうぞ! お急ぎのご用事でしたか、どちらへ?」
また同じ質問だ。シャークアイは開かれた門をくぐりながら、門番に答えた。
「早く、妻のところへ。」
――――――――――
雨の音を聞きながらアニエスが窓の外を眺めて「こんなお天気で大丈夫なのかしら?」と心配していると、シャークアイがやってきて「今日は休みだ! 一日アニエスといられるよ!」って言っているのを想像すると可愛いなーって思って書きました。いつまでも新婚さんみたいな二人だと思います。
シャークアイが好きすぎるモル元にはアニエスは羨ましくもあるのですが、でも愛妻家なシャークアイが好きです!
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
よろしければお気軽にご感想などお寄せ下さい。
コスタールの港から海を眺め、シャークアイが呟いた。カデルは倉庫の裏にいたが、火のつかぬ煙草を諦め、主人のところまで戻ってきた。
「キャプテン。結論は出ましたかい?」
「うん。やはりやめておこう。」
カデルは空とも海ともつかぬ灰色の世界に視線を投げた。遠くの船は雨に輪郭をかき消され、マール・デ・ドラゴーン号も、ぼんやりと黒っぽい影にしか見えない。
「午後までに止むと思ったんですがなあ。まあ、仕方ないですな。」
「出航を希望していた貿易船には、明日以降にしてもらおう。コスタールを出るまでは護衛出来ても、その後が危険だからな。」
「そうですね。急いでいるようでしたが、安全が一番でさ。」
毛羽立つ陰気な海に、繋がれた幾艘かの船が上下している。気の滅入る天候にため息をついたカデルを見て、シャークアイは笑った。
「悩んでも仕方ない。われわれも一日休養しよう。」
出来れば本日の出航を、と希望していた貿易船のため、雨の降り始めた昨夜から今日の午前中にかけて、シャークアイとカデルは空模様を眺め続けていた。そのせいで気疲れはしていたが、しかし船が出ないとなれば残りの半日、海賊たちのめったにない休養に充てることが出来る。
「カジノでも行くか、カデル?」
「キャプテンは?」
「そうだな。オレは、まずは城に戻ろう。」
倉庫の屋根に跳ねる雨音が激しくなった。シャークアイはカデルと別れ、ひとりコスタール城を目指した。街中には伝令を待つ海賊たちが暇を持て余していた。シャークアイの姿を見ると、彼らは皆、顔を上げた。
「キャプテン! どうなりました!?」
「やはり今日は出られぬ! お前たち、一日休んでくれ!」
「やった。」
海賊たちから歓声があがった。こんな雨でも休養となれば、昼から酒を飲み、コスタール王が用意した王立カジノで遊ぶことが出来る。
「じゃ、さっそくカジノに行っても?」
「行ってくれ。」
シャークアイは笑った。マール・デ・ドラゴーンは今やコスタール国防の要、すっかり日々の戦闘に責任をもつようになった船員たちだが、たまには昔のように、気ままに遊ばせてやりたい。
「キャプテンは?」
「オレは一度城に戻る。仲間を見たらよろしく伝えてくれ。」
カジノに向かう海賊たちに混じり、シャークアイは城を目指した。待つ人を思うと、思わず小走りになる。心はすでに城にあったから、目の前に立ちふさがるまでボロンゴの姿に気づかなかった。シャークアイは驚いて足を止め、ボロンゴを見た。呼吸を乱して先を急ぐシャークアイを、ボロンゴは不思議そうに見た。
「キャプテン、何かあったので?」
「ボロンゴ、お前も船を降りていたのか。今日は休みだ、自由にやってくれ。」
「キャプテンは?」
シャークアイははにかんで言葉を濁した。
カジノや酒場に向かう船員たちの間をすり抜け、石造りの道を走る。急ぐ姿は、人から見れば、雨避けの屋根を求めているように見えるだろう。頭からかぶっていたコートが風に脱げて、火照った頬に冷たい雨粒が伝った。
毎日は忙しく、危険な海に連れていくことも出来ず、こうして長い時間を約束されることは久しぶりだった。喜ぶ人の姿を思い描くと、それだけで胸があたたかくなる。
足元に水を跳ねさせて近づいてくるシャークアイの姿に門番たちは戸惑いの表情を浮かべた。
「シャークアイ様! 何かありましたか?」
「いやいや何もない。今日の出航は取り止めになった。船の者は一日休みにした。」
「そうでしたか。この雨ですからね。では、シャークアイ様も久しぶりにご休養ですね。」
「そういうわけだ。通してくれ。」
「はあ、皆さん昼からカジノですね、いいなあ。といっても僕は普段から交替で休みをもらっている身ですが…」
長話の若い門番にシャークアイは苦笑した。
「すまないがオレは急いでいるのだ。焦らさないで通してくれないか?」
「あっ、すみません、どうぞ! お急ぎのご用事でしたか、どちらへ?」
また同じ質問だ。シャークアイは開かれた門をくぐりながら、門番に答えた。
「早く、妻のところへ。」
――――――――――
雨の音を聞きながらアニエスが窓の外を眺めて「こんなお天気で大丈夫なのかしら?」と心配していると、シャークアイがやってきて「今日は休みだ! 一日アニエスといられるよ!」って言っているのを想像すると可愛いなーって思って書きました。いつまでも新婚さんみたいな二人だと思います。
シャークアイが好きすぎるモル元にはアニエスは羨ましくもあるのですが、でも愛妻家なシャークアイが好きです!
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2009年6月の更新記録。
お題6中心です。
お題6中心です。
薄暗がりにぼんやりと浮かび上がる、淡色のドレスの女。王は目を細めた。幽霊のようだと思う。女の足音は絨毯に呑まれ、無音のまま近付いてくる姿は、まるで足がないかのようだ。
「あら、王さま!」
小窓から差す明かりに女の姿が照らされた。急な印象の変化に王は一瞬混乱を覚える。若く溌剌とした姿。声は鈴のように明るく、石造りの回廊に反響した。
「ご機嫌麗しゅう。」
王は微笑を作り、女の顔を見つめた。それはまばゆい金髪に取り巻かれ、自らほのかに発光しているように見える。生命の力のある者とはそういうものだ。亡き妃もかつてそうだった。
「ごきげんよう、アニエス。」
王は行く先に何か用ありげな様子を装い、軽い挨拶だけをして、佇む他人の妻の横を通り過ぎた。曲がり角で振り返ると、去っていくドレスの後ろ姿は回廊の奥まった暗がりに再び溶け始めていて、そうして見るとやはり幽霊のようなその姿に、王はもう一度亡き者を重ねた。
「最近、奥方にかまっているかね?」
自らの手でグラスに酒を注ぎながら、王は目を上げぬまま、ふいに話題を変えてそんなことを訊いた。シャークアイは酒を口元に運ぶ手を止め、王を見た。
「何です、急に? アニエスがどうかしましたか?」
「いや、いつも一人で城におられるから。」
「それは…。何かあなたに胸の内の不満を申したのですか?」
「そういうわけではないが、しかし、寂しいのではないかと思ってな。」
王は椅子に深く腰かけ直すと、向かい合って座るシャークアイを眺めた。日々の戦いに慣れた男の身体は、銀色に光る鎧の見事さとあいまって逞しかった。このまま英雄の肖像になりそうな姿だ。
「そう思うなら今すぐオレを帰してくれ。」
恨み言で返され、王は笑った。一見くつろいで見えるが、こうして過ごす時間はシャークアイにとっては息抜きにはなっていないのだろう。妻や船の者と過ごす和やかで気楽な時間こそ、戦闘の疲れを癒すのだ。魔物のうろつく、気の抜けない海から戻ったシャークアイを毎夜遅くまで引きとめてその疲労をさらに深め、その上結果的にアニエスから引き離しているのは、他でもない王自身だった。
「それを言われるとつらいな。」
シャークアイは両肘をテーブルにつき、組んだ両手の上に顎を乗せて笑顔を返した。進まぬチェス盤が二人の間にある。こうして雑談に勝負が紛れることはしばしばあった。
「アニエスのことはご心配なく。お城の暮らしを気に入っていますよ。それに正直なところ、荒れた海より身体にも良いようです。」
「お前は知らないのだ、暮らすとなると陰気な場所だよ。気をつけられよ、長く一人でいると奥方も精神を蝕まれるかもしれん。」
「まさか!」
シャークアイは笑ったが、王は目を逸らさなかった。
「幽霊の出そうな城だろう。」
「なに…?」
「出そうだが、出ないのだよ。出れば良いのになあ。」
シャークアイは横柄な視線に執拗に見据えられて息苦しさを感じた。王ゆえか、相手を慮って視線をずらすという発想がない。
「あれの亡霊は一度として私の前に現れてはくれぬ。」
「………王妃様はあなたに愛され満足して世を去られたのでしょう。」
「やめてくれ。私は寂しいよ。お前たちの仲睦まじい姿を見ていると一層寂しくなる。」
王の両目は一対の昏い洞穴のごとく見えた。こういう時、シャークアイは返す言葉を持たない。ついさきほどまで談笑していたはずの唇もまたその正体を現し、恐るべき闇の入口に変じていた。
死によって家族を失い、どれほど絶望した者がいたとしても、それが船の者であればシャークアイは必ず慰めることが出来た。
――こうべを上げて生きよ。お前の愛する者は精霊に導かれ、魂は神の御許に安らぎを得たのだ。
シャークアイがそう言えば、残された者たちは涙に暮れながらも頷かずにはいなかった。だが王はそうではない。どれほど心を砕いても、底のない器に水を注ぐことと同じで、報いなく、消耗するばかりだった。癒えない傷というものをシャークアイは初めて身近に知った。
マール・デ・ドラゴーンの助力を得たコスタールは復興のために立ち上がり、国土は輝きを取り戻しつつあった。港には貿易船が行き来し、街は活気づき、王もまた謁見の間ではいっときよりも力強く振る舞っていた。そのことを喜ぶ彼の側近たちは、王の心が蝕まれて戻らないことを知らないのだろうか。国の傷は癒えても、王の傷は癒えないことを。
傷口は痛々しく、愛さずにはいられず、そして恐ろしかった。気を抜くとその真暗な虚空に引きずり込まれそうになる。
「…さすがにもう夜も遅いようだ。明日の航海に差し支えますから、失礼して戻ります。」
シャークアイは目を伏せて席を立った。片付かない勝負がテーブルの上に残ったが、すでに深夜も過ぎそうな時刻になっていた。自ら退席しなければ、王はいくらでもシャークアイの眠る時間を奪う。これ以上そばにいて、王のために出来ることはない。いや、これ以上ここにいては危険だ。
「私もそろそろ休もう。引きとめたな。」
「いいえ。」
王は座ったままシャークアイを見上げた。感情のない瞼をしていた。痩せた青白い頬も、優しく触れるべきものを失った虚しい手の甲も、寂しく哀れで、自らは再び呼吸することを拒絶しているくせに、生命に対する凶暴な渇望を孕んでいる。シャークアイは王の前に立ち止まったまま、そのいずれに唇を落としていいのかを迷った。
結局は恐怖に負け、王の前に跪くことをせず、分厚い装束に包まれた肩に片手を置き、身をかがめ少しだけ額を寄せた。何も言えぬまま離れる。間近に躊躇って揺れる濃い生命の匂いを感じ、王は強い酩酊を覚えた。
「おやすみ、シャークアイ。」
シャークアイは一礼して部屋を去った。逃げる獲物の靴音は絨毯に掻き消され、ドアの閉まる音だけが不吉に尾を引いた。王は立ち上がり、鏡に自らの姿を映した。人の絶えた孤独な部屋の中で、大袈裟な衣擦れが耳につく。
幽鬼のようだ。奪い取りたいわけでも苦しめたいわけでもないのに、満たされぬ空虚な胸の内を埋めようとして、魂は友人を追い詰める。自ら望むわけではない。どうすることも出来ないのだ。彷徨える亡霊が、かつて愛したはずの人々を傷つけてしまうように、拭い去れない深い喪失感が、制御の効かぬ、この肉体を動かしている。
――――――――――
コスタール王は、ゲーム中ではしっかりした人に見えるので、
モル元とは違うイメージをもっている人のほうが多いかなーと思います。
モル元は、コスタール王は、マール・デ・ドラゴーンの助けが来て、
シャークアイという友を得たことで、
それまで臣下たちの前でも秘めていたか忘れていた感情が出てしまって
不安定になった一時期があったのではないか、
シャークアイもそれに振り回されて(?)苦労したんじゃないかな、
と思っているのですが、
今回のお話は完全にモル元の妄想でしたね(^^;)
まあ…いつも妄想ですけど…方向性が、ハッピーじゃなくてこういう暗い感じだと、
申し訳なさも募ります…。
こういうのが嫌だった方がいらっしゃったら申し訳ないです。
心優しいがゆえに、
ちょっと困っているシャークアイでした。
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励みになります。
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「あら、王さま!」
小窓から差す明かりに女の姿が照らされた。急な印象の変化に王は一瞬混乱を覚える。若く溌剌とした姿。声は鈴のように明るく、石造りの回廊に反響した。
「ご機嫌麗しゅう。」
王は微笑を作り、女の顔を見つめた。それはまばゆい金髪に取り巻かれ、自らほのかに発光しているように見える。生命の力のある者とはそういうものだ。亡き妃もかつてそうだった。
「ごきげんよう、アニエス。」
王は行く先に何か用ありげな様子を装い、軽い挨拶だけをして、佇む他人の妻の横を通り過ぎた。曲がり角で振り返ると、去っていくドレスの後ろ姿は回廊の奥まった暗がりに再び溶け始めていて、そうして見るとやはり幽霊のようなその姿に、王はもう一度亡き者を重ねた。
「最近、奥方にかまっているかね?」
自らの手でグラスに酒を注ぎながら、王は目を上げぬまま、ふいに話題を変えてそんなことを訊いた。シャークアイは酒を口元に運ぶ手を止め、王を見た。
「何です、急に? アニエスがどうかしましたか?」
「いや、いつも一人で城におられるから。」
「それは…。何かあなたに胸の内の不満を申したのですか?」
「そういうわけではないが、しかし、寂しいのではないかと思ってな。」
王は椅子に深く腰かけ直すと、向かい合って座るシャークアイを眺めた。日々の戦いに慣れた男の身体は、銀色に光る鎧の見事さとあいまって逞しかった。このまま英雄の肖像になりそうな姿だ。
「そう思うなら今すぐオレを帰してくれ。」
恨み言で返され、王は笑った。一見くつろいで見えるが、こうして過ごす時間はシャークアイにとっては息抜きにはなっていないのだろう。妻や船の者と過ごす和やかで気楽な時間こそ、戦闘の疲れを癒すのだ。魔物のうろつく、気の抜けない海から戻ったシャークアイを毎夜遅くまで引きとめてその疲労をさらに深め、その上結果的にアニエスから引き離しているのは、他でもない王自身だった。
「それを言われるとつらいな。」
シャークアイは両肘をテーブルにつき、組んだ両手の上に顎を乗せて笑顔を返した。進まぬチェス盤が二人の間にある。こうして雑談に勝負が紛れることはしばしばあった。
「アニエスのことはご心配なく。お城の暮らしを気に入っていますよ。それに正直なところ、荒れた海より身体にも良いようです。」
「お前は知らないのだ、暮らすとなると陰気な場所だよ。気をつけられよ、長く一人でいると奥方も精神を蝕まれるかもしれん。」
「まさか!」
シャークアイは笑ったが、王は目を逸らさなかった。
「幽霊の出そうな城だろう。」
「なに…?」
「出そうだが、出ないのだよ。出れば良いのになあ。」
シャークアイは横柄な視線に執拗に見据えられて息苦しさを感じた。王ゆえか、相手を慮って視線をずらすという発想がない。
「あれの亡霊は一度として私の前に現れてはくれぬ。」
「………王妃様はあなたに愛され満足して世を去られたのでしょう。」
「やめてくれ。私は寂しいよ。お前たちの仲睦まじい姿を見ていると一層寂しくなる。」
王の両目は一対の昏い洞穴のごとく見えた。こういう時、シャークアイは返す言葉を持たない。ついさきほどまで談笑していたはずの唇もまたその正体を現し、恐るべき闇の入口に変じていた。
死によって家族を失い、どれほど絶望した者がいたとしても、それが船の者であればシャークアイは必ず慰めることが出来た。
――こうべを上げて生きよ。お前の愛する者は精霊に導かれ、魂は神の御許に安らぎを得たのだ。
シャークアイがそう言えば、残された者たちは涙に暮れながらも頷かずにはいなかった。だが王はそうではない。どれほど心を砕いても、底のない器に水を注ぐことと同じで、報いなく、消耗するばかりだった。癒えない傷というものをシャークアイは初めて身近に知った。
マール・デ・ドラゴーンの助力を得たコスタールは復興のために立ち上がり、国土は輝きを取り戻しつつあった。港には貿易船が行き来し、街は活気づき、王もまた謁見の間ではいっときよりも力強く振る舞っていた。そのことを喜ぶ彼の側近たちは、王の心が蝕まれて戻らないことを知らないのだろうか。国の傷は癒えても、王の傷は癒えないことを。
傷口は痛々しく、愛さずにはいられず、そして恐ろしかった。気を抜くとその真暗な虚空に引きずり込まれそうになる。
「…さすがにもう夜も遅いようだ。明日の航海に差し支えますから、失礼して戻ります。」
シャークアイは目を伏せて席を立った。片付かない勝負がテーブルの上に残ったが、すでに深夜も過ぎそうな時刻になっていた。自ら退席しなければ、王はいくらでもシャークアイの眠る時間を奪う。これ以上そばにいて、王のために出来ることはない。いや、これ以上ここにいては危険だ。
「私もそろそろ休もう。引きとめたな。」
「いいえ。」
王は座ったままシャークアイを見上げた。感情のない瞼をしていた。痩せた青白い頬も、優しく触れるべきものを失った虚しい手の甲も、寂しく哀れで、自らは再び呼吸することを拒絶しているくせに、生命に対する凶暴な渇望を孕んでいる。シャークアイは王の前に立ち止まったまま、そのいずれに唇を落としていいのかを迷った。
結局は恐怖に負け、王の前に跪くことをせず、分厚い装束に包まれた肩に片手を置き、身をかがめ少しだけ額を寄せた。何も言えぬまま離れる。間近に躊躇って揺れる濃い生命の匂いを感じ、王は強い酩酊を覚えた。
「おやすみ、シャークアイ。」
シャークアイは一礼して部屋を去った。逃げる獲物の靴音は絨毯に掻き消され、ドアの閉まる音だけが不吉に尾を引いた。王は立ち上がり、鏡に自らの姿を映した。人の絶えた孤独な部屋の中で、大袈裟な衣擦れが耳につく。
幽鬼のようだ。奪い取りたいわけでも苦しめたいわけでもないのに、満たされぬ空虚な胸の内を埋めようとして、魂は友人を追い詰める。自ら望むわけではない。どうすることも出来ないのだ。彷徨える亡霊が、かつて愛したはずの人々を傷つけてしまうように、拭い去れない深い喪失感が、制御の効かぬ、この肉体を動かしている。
――――――――――
コスタール王は、ゲーム中ではしっかりした人に見えるので、
モル元とは違うイメージをもっている人のほうが多いかなーと思います。
モル元は、コスタール王は、マール・デ・ドラゴーンの助けが来て、
シャークアイという友を得たことで、
それまで臣下たちの前でも秘めていたか忘れていた感情が出てしまって
不安定になった一時期があったのではないか、
シャークアイもそれに振り回されて(?)苦労したんじゃないかな、
と思っているのですが、
今回のお話は完全にモル元の妄想でしたね(^^;)
まあ…いつも妄想ですけど…方向性が、ハッピーじゃなくてこういう暗い感じだと、
申し訳なさも募ります…。
こういうのが嫌だった方がいらっしゃったら申し訳ないです。
心優しいがゆえに、
ちょっと困っているシャークアイでした。
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
励みになります。
よろしければお気軽にご感想等もお寄せ下さるとうれしいです!
放心しているのか、あるいは思案に暮れているのか、王は窓辺に椅子を寄せて、黙して空を見上げていた。未明から降り続けていた雨はあがり、一面に雲が敷き詰められているような空模様だ。その雲の膜の向こう側に真昼のまばゆい太陽があるせいで、晴れてはいないのに眩しく感じる。
コスタールは王の名を添え、もう幾通もの手紙をマール・デ・ドラゴーンに宛てて送っていた。だが、いずれもなしのつぶてか、一度として返事は来ない。
「王様。マール・デ・ドラゴーンのことをお考えでしょう。」
大臣が声をかけると、王はゆっくり振り返った。妃を亡くした寂しさがそのまま表情に出ている顔をしている。今となってはもはや昔の話ではあるが、彼が妃と幸福そうにしている姿を、大臣は覚えていた。あの頃はコスタールは辺境ながら平和な王国であり、王も、そして大臣自身も若かった。
「あれだけ送って一通も届いていないということはあるまい。やはり、黙殺されたか。」
「いいえ、私の調べましたところでは、シャークアイという男は無礼者ではありません。王族や富豪の招きには、それぞれに少なくとも一度は応じているという確かな噂です。」
「無礼者でないとは、私もそう思うのだが…。」
「返事が来ないのは、何か、あと一押しが足りないのかもしれませんね。」
「一押しか。」
王はため息をついた。
「どうすればいいのだ。貢物をしてやつの気を引けるほど、わが王室は潤ってはいない。何か伝来の物でも差し出すか。」
大臣は考え事をするときの癖で、髭をこすった。貢物という手段は、まだ試していない。魔物に海路を奪われた今のコスタールに経済力はなかったが、王家伝来のものなら、ひどく惜しいが、どうしても差し出せないわけでもなかった。いや、それで王国の平和が購えるのであれば、何の惜しいことがあろう。しかし問題はシャークアイの人柄だ。国の宝を贈ることで誠意を認められるのであればよいが、もし、所詮つまらぬ者と見下されでもしたら。悪いほうに転がれば、伝説の船は貢物に見合うだけの仕事こそするかもしれないが、コスタール王の求めるような救世主にはなろうとしないだろう。
「貢物というのも、考え所ですね。ですが、ともあれ、手紙ばかりでは納得しないのかもしれません。そこで王様、私に考えがあります。」
「何だ。」
王は立ちあがって大臣に向かい合った。大臣は主を見つめ、飄然とした表情を見せた。
「我々の決意を分かってもらうためにも、私が直接、かの船に伺いましょう。」
「な、何を言い出すのだ!」
王は驚き、叱るように叫んだ。予想していた反応に、大臣はわずかに微笑して見せた。
「良い考えだと思いますが? 手紙の文面をお手伝いしたのは私めです、その手紙でシャークアイが応じない。とすれば私にも責任があること。国のため、あなた様のため、大臣として精一杯出来ることをさせて下さい。」
「本気か!? いかん、いかん、第一お前に国をあけられては困るぞ。それにわが国の大切な大臣にそのような危険な…」
「危険ですと?」
大臣の眉がぴくりと動いた。王は困窮して言葉を失う。国の政治を実質的に担うこの大臣は老獪で、言い合いになると大抵負けてしまうのだ。
「何が危険なのです? 道中は兵が守りましょう。それとも、会いに行くことが危険だとおっしゃるのですか? ならばそのような輩に手を借りるべきではありますまい。」
「いや、それはそうなのだが、うむ……。いや、しかしそれは、お前に身をもって確かめに行けと言うことではないか!」
「そういうことでもありますが。大臣として立派なつとめですな。」
「無茶だ。」
「王様。」
大臣のまなざしが、ひた、と王の目を見据えた。そういうことは無礼であると常々は控えている分、いざ目を合わせられると、王はその強い視線に気圧されてしまう。
「行け、と命令を下さい。」
「しかし…、しかし、お前はもともとマール・デ・ドラゴーンに救援を求めることには反対していたではないか。危険な賭けかもしれぬと言ったのはお前だというのに…。」
「だから何です? 王様があの男を信頼なさるというのなら私も信頼することにしたんですよ! そのあと私自身も出来る限り手を尽くし、あの船について調べたつもりです。あとは王国のため、身をもってシャークアイという男を確かめ、そして手紙では伝わらぬ王様のご希望をお伝えしましょう。」
大臣の声は硬い。王はしばらく黙りこみ、それから呟いた。
「……本当に行くのか。」
「あなた様を残して行くことだけが、私には申し訳ないです。」
「…わかった。お前が言い出したら、どうせ私の言うことなど聞かんのだろう。すまないが、頼む。」
王の言葉に、大臣はびしっと敬礼をした。
「はっ。では早速支度してまいります。」
ドアの前で再び敬礼をすると、王は呆れた表情をして大臣に視線を返し、再び椅子に腰かけた。王のその姿に、大臣はわずかな希望の光を見い出さずにはいられない。こんな時だが、頬が緩むようだ。数か月前まで、主人は冷たい部屋にこもり、痩せた両手で顔を覆っていた。外出の供をしても、立ち並ぶ墓の前にうなだれる姿ばかり見てきた。その王が、窓辺に居所を求め、目を上げて空を見上げるようになっただけで、大臣は嬉しかった。
「ご期待下さい、王様。私が戻る時は、コスタール王国と王様のもとに良い知らせをもたらす時ですぞ! それまでは、戻りませぬぞ。」
少しおどけて言うと、王は笑った。雲のヴェールにさえぎられていても、太陽を背負っている王の姿はやはり眩しかった。
「それに、あまりお待たせはしませんぞ。出来る限り急ぎましょう。」
「どうか気をつけて、身の安全を何より優先させてほしい。コスタール王国はお前なしでは困るのだ。」
「もったいないお言葉です。」
準備は大急ぎで整えられ、従者が選ばれ、久しぶりの武装船が、魔物の目を避けてコスタールを発った。光を湛えた曇天を見上げながら、わが王もきっと今、この空を見ているのだろうと大臣は思う。行く先が希望であると信じて、大臣は船室に入った。
――――――――――
コスタール側のお話でした。
経緯は今回はねつ造に近いのですが、
コスタール大臣が直接マール・デ・ドラゴーンに乗り込んで訴えたのは本当です。
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コスタールは王の名を添え、もう幾通もの手紙をマール・デ・ドラゴーンに宛てて送っていた。だが、いずれもなしのつぶてか、一度として返事は来ない。
「王様。マール・デ・ドラゴーンのことをお考えでしょう。」
大臣が声をかけると、王はゆっくり振り返った。妃を亡くした寂しさがそのまま表情に出ている顔をしている。今となってはもはや昔の話ではあるが、彼が妃と幸福そうにしている姿を、大臣は覚えていた。あの頃はコスタールは辺境ながら平和な王国であり、王も、そして大臣自身も若かった。
「あれだけ送って一通も届いていないということはあるまい。やはり、黙殺されたか。」
「いいえ、私の調べましたところでは、シャークアイという男は無礼者ではありません。王族や富豪の招きには、それぞれに少なくとも一度は応じているという確かな噂です。」
「無礼者でないとは、私もそう思うのだが…。」
「返事が来ないのは、何か、あと一押しが足りないのかもしれませんね。」
「一押しか。」
王はため息をついた。
「どうすればいいのだ。貢物をしてやつの気を引けるほど、わが王室は潤ってはいない。何か伝来の物でも差し出すか。」
大臣は考え事をするときの癖で、髭をこすった。貢物という手段は、まだ試していない。魔物に海路を奪われた今のコスタールに経済力はなかったが、王家伝来のものなら、ひどく惜しいが、どうしても差し出せないわけでもなかった。いや、それで王国の平和が購えるのであれば、何の惜しいことがあろう。しかし問題はシャークアイの人柄だ。国の宝を贈ることで誠意を認められるのであればよいが、もし、所詮つまらぬ者と見下されでもしたら。悪いほうに転がれば、伝説の船は貢物に見合うだけの仕事こそするかもしれないが、コスタール王の求めるような救世主にはなろうとしないだろう。
「貢物というのも、考え所ですね。ですが、ともあれ、手紙ばかりでは納得しないのかもしれません。そこで王様、私に考えがあります。」
「何だ。」
王は立ちあがって大臣に向かい合った。大臣は主を見つめ、飄然とした表情を見せた。
「我々の決意を分かってもらうためにも、私が直接、かの船に伺いましょう。」
「な、何を言い出すのだ!」
王は驚き、叱るように叫んだ。予想していた反応に、大臣はわずかに微笑して見せた。
「良い考えだと思いますが? 手紙の文面をお手伝いしたのは私めです、その手紙でシャークアイが応じない。とすれば私にも責任があること。国のため、あなた様のため、大臣として精一杯出来ることをさせて下さい。」
「本気か!? いかん、いかん、第一お前に国をあけられては困るぞ。それにわが国の大切な大臣にそのような危険な…」
「危険ですと?」
大臣の眉がぴくりと動いた。王は困窮して言葉を失う。国の政治を実質的に担うこの大臣は老獪で、言い合いになると大抵負けてしまうのだ。
「何が危険なのです? 道中は兵が守りましょう。それとも、会いに行くことが危険だとおっしゃるのですか? ならばそのような輩に手を借りるべきではありますまい。」
「いや、それはそうなのだが、うむ……。いや、しかしそれは、お前に身をもって確かめに行けと言うことではないか!」
「そういうことでもありますが。大臣として立派なつとめですな。」
「無茶だ。」
「王様。」
大臣のまなざしが、ひた、と王の目を見据えた。そういうことは無礼であると常々は控えている分、いざ目を合わせられると、王はその強い視線に気圧されてしまう。
「行け、と命令を下さい。」
「しかし…、しかし、お前はもともとマール・デ・ドラゴーンに救援を求めることには反対していたではないか。危険な賭けかもしれぬと言ったのはお前だというのに…。」
「だから何です? 王様があの男を信頼なさるというのなら私も信頼することにしたんですよ! そのあと私自身も出来る限り手を尽くし、あの船について調べたつもりです。あとは王国のため、身をもってシャークアイという男を確かめ、そして手紙では伝わらぬ王様のご希望をお伝えしましょう。」
大臣の声は硬い。王はしばらく黙りこみ、それから呟いた。
「……本当に行くのか。」
「あなた様を残して行くことだけが、私には申し訳ないです。」
「…わかった。お前が言い出したら、どうせ私の言うことなど聞かんのだろう。すまないが、頼む。」
王の言葉に、大臣はびしっと敬礼をした。
「はっ。では早速支度してまいります。」
ドアの前で再び敬礼をすると、王は呆れた表情をして大臣に視線を返し、再び椅子に腰かけた。王のその姿に、大臣はわずかな希望の光を見い出さずにはいられない。こんな時だが、頬が緩むようだ。数か月前まで、主人は冷たい部屋にこもり、痩せた両手で顔を覆っていた。外出の供をしても、立ち並ぶ墓の前にうなだれる姿ばかり見てきた。その王が、窓辺に居所を求め、目を上げて空を見上げるようになっただけで、大臣は嬉しかった。
「ご期待下さい、王様。私が戻る時は、コスタール王国と王様のもとに良い知らせをもたらす時ですぞ! それまでは、戻りませぬぞ。」
少しおどけて言うと、王は笑った。雲のヴェールにさえぎられていても、太陽を背負っている王の姿はやはり眩しかった。
「それに、あまりお待たせはしませんぞ。出来る限り急ぎましょう。」
「どうか気をつけて、身の安全を何より優先させてほしい。コスタール王国はお前なしでは困るのだ。」
「もったいないお言葉です。」
準備は大急ぎで整えられ、従者が選ばれ、久しぶりの武装船が、魔物の目を避けてコスタールを発った。光を湛えた曇天を見上げながら、わが王もきっと今、この空を見ているのだろうと大臣は思う。行く先が希望であると信じて、大臣は船室に入った。
――――――――――
コスタール側のお話でした。
経緯は今回はねつ造に近いのですが、
コスタール大臣が直接マール・デ・ドラゴーンに乗り込んで訴えたのは本当です。
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暮らしはどうだ、と尋ねると、新婚の娘はそのほっそりした身体や優しい顔立ちに似合わぬほど気前の良い笑顔を見せた。明るくて勝気な、海賊の妻らしい表情だとシャークアイは思う。
「夫と両親も、うまくいっていますわ。みな元気で暮らしていますよ。」
「最近亭主の戻りが遅いと女たちに苦情を受けているのだが。」
「まあ。そうなんですか?」
「魔物が増えたからな。夜の見張りの人数も増やしているのだ。」
「あたし結婚したばかりだからこんなものかと思ってましたわ。父は商人ですし。」
娘はおどけるように言って笑った。昼下がりの陽ざしの下で、その生き生きした笑顔は眩しく、船を統べるシャークアイの心を和ませた。
「それならよかった。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。」
「ありがとうございます。おかげさまで、毎日楽しく暮らしてますわ。」
シャークアイは娘と別れて船室に戻った。カデルと時間を前後させ、午睡を取るつもりだった。無人の船長室の卓上にはキャプテンの確認を待つ書類が積み上げられている。その束を手に掴んで寝室へと向かい、ベッドに身を投げた。
船内の文書を分けて先に目を通し、残ったものの中から封書を選び出す。裏側の封蝋ばかりが物々しい、開封の必要もないようなものばかりだ。シャークアイはそれらには目もくれず、手紙の山を漁った。
今回はあの封筒がないのか。
そう思った時、ドアがノックされた。
「キャプテン、お休みですかい?」
「ボロンゴか? 暇にしているだけだ、入れ。」
「すみません、一応、急ぎかもしれねえので。」
薄暗い寝室の中から見上げたボロンゴの姿は逆光になりその手元もよく見えなかったが、彼の運んできたものの正体をシャークアイは直感で悟った。今探していた、例の封筒に違いない。
「ああ、ちょうど手紙を御覧でしたか?」
「ろくでもないものばかりさ。見ろ、この数。」
「最近多いですなあ。キャプテン、お忙しいでしょうに。」
「いや、下らなくてまともに読みもしないからそう手間もない。面倒なだけだ。」
「へ? じゃあこいつも…」
「いや、お前の手にあるものはそうではないようだ。」
ボロンゴはシャークアイの手厳しい言葉を聞いて封書を差し出すのをためらいかけたが、シャークアイのほうから手が伸ばされ、手紙は優しく奪われるように主人の手に移った。蝋で押された紋章を明るいほうに向けて確かめる。
「思ったとおりだ。」
「なにがです?」
「差出人。」
ここ数か月に渡り、延々と熱心に手紙を寄越してくる、同じ差出人だ。マール・デ・ドラゴーンの寄港先など気まぐれなのに、まさか、あらゆる港に手紙を託してでもいるのだろうか。シャークアイは執拗な手紙攻撃にうんざりしながら、しかし最近では、よその船とすれ違うたび、どこかの港に投錨するたびに、きっとまた届くのではないかと内心で期待するようになっていた。
「すまんが、ナイフを取ってくれ、ボロンゴ。」
「へえ。こいつでいいですかい?」
シャークアイは小さなナイフを受け取ると、あおむけに寝転がったまま封を切った。ボロンゴが気を利かせてカーテンを開ける。光が差し込み、シャークアイは少し目を細めた。封筒と同じ紙質の便箋に、のびの良い墨が使われている。流麗な筆跡。麗々しいサイン、そして国璽。
「おいボロンゴ。これを見ろ。」
シャークアイは目の前にボロンゴを跪かせ、手紙を示した。笑っている、とボロンゴは思ったが、シャークアイ自身は気づいていなかった。
「なんです、随分しゃれた字ですなあ。」
「コスタール国王の親筆らしい。最近同じ内容のものが何通も届く。」
「何通も? コスタールって国から?」
「うむ。見ての通り、われらに救援を求めている。」
シャークアイはそこまで言って身体を起こした。わずかに寝乱れた布の服に黒髪が滑る。
「魔物が暴れるようになり、もはや誰もが海に船を出せる時代ではなくなった。そこでマール・デ・ドラゴーンにうまい話を持ち込み手を組もうとする金持ち連中が増えたのだ。手紙の主はほとんどがそういう連中さ。貴族や王族までいる。だが、結局は己の富と名声を追うものばかりだ。」
「そりゃ、キャプテンが嫌がるわけですな。」
「うむ。しかしコスタールはそうではないのだ。どうもそうではない。その手紙をよく読んでみろ。」
ボロンゴは文面を目で追った。コスタール王の言葉は丁寧で切実ではあったが、シャークアイの言うような「うまい話」というのとは趣が違った。シャークアイも身体を乗り出し、ボロンゴの手に握られた手紙を一緒に覗きこんだ。
「どうだ、面白いくらいわれらに見返りがないだろう?」
「必要な金は出来る限り出すと書いてあるようですが。」
「こんなもので大海賊マール・デ・ドラゴーンが動くと思うか? 笑わせるよ。」
シャークアイはそう言って、本当に少し笑った。侮蔑的な笑い方ではなく、嬉しそうな顔で。
「コスタールはずいぶん困っているようですな。」
「うん。海の魔物が多くなって船を出せずにいるとも書かれている。」
「大変なことで。」
ボロンゴが他人事のように呟いたのも無理はなかった。マール・デ・ドラゴーンは海上を移動する一国であり、どこにも属さず、どことも手を組まず、船の掟以外には何にも縛られず、他国のことには干渉しないのが常だからだ。
「ボロンゴ。お前に相談がある。」
きらりと光る両目が間近にボロンゴを見た。突然のことにボロンゴはたじろぎ、声を上ずらせた。
「だっ、大事な相談なら長老様やカデル様にして下せえよ! あっしはただの船員でさぁ!」
「いいから聞け。……われらは気ままに海を彷徨うだけで今まで満足してきた。民の暮らしが守られればよいと、オレもそう思って来たのだ。」
「へえ、それはもう、シャークアイ様が立派に引っ張って下さってるおかげで、あっしらは安泰でさ。」
「それもお前たちの助けがなければ叶わぬことだ。オレたちは自分たちの力で船を無事に保っているのだ。だが、船の外はどうだ? 人々の暮らしは魔物どもに脅かされている。コスタールが言うようにな。そして苦しんでいるのは、コスタール一国に限ったことではない。」
シャークアイの言う通り、海を行くマール・デ・ドラゴーンこそ難渋しないだけで、行く先々の世界各地で魔物は増え、人々は困惑していた。
「コスタールの王はともに手を携え魔物どもと戦おうとオレに訴えている。目先の利益を求めるのではない。人々のため、人間の手で平穏な世界を取り戻そうと言うのだ。」
「じゃあ、シャークアイ様。コスタールの話に乗るんですか?」
「どうだかな。しかし、われら水の一族も大いなる目的のために動くべき時なのかも知れん。最近オレはそんなことを考えている。」
シャークアイは言葉を濁したが、双眸にはもう決意が宿っているように見えた。おそらくコスタールから最後の一押しが来たら主人は動くのではないかとボロンゴは思った。
「どっかの国と一緒になるなんて、何だか夢みたいな話でさ。」
「危険な賭けかも知れん。船の暮らしにとっては今のままのほうがきっと安全だろう。」
「ボロンゴには難しいこたぁわかりませんや。けど、キャプテンが決めたことなら、どこまでもついていきまさあ! 一族の誰だってそうですぜ!」
ボロンゴがそう言うと、シャークアイはほっとしたような、照れたような微笑を浮かべた。
「そうか。」
不意に窓の外から、わあっ、と海賊たちの声が立った。賑やかな、お祭り騒ぎのような声。きっとまたモンスターが出て、仲間たちが退治したのだろうと室内の二人は思った。魔物との戦いは、最近では食事と同じくらい当たり前の風景になった。マール・デ・ドラゴーンの男たちは強く、船の装備は固く、怪我の心配さえほとんどないくらいだ。戦闘の多いことは、むしろ好戦的な連中には好かれる事態だった。しかし魔物たちが数を増やしている今の時代の大きなうねりから見れば、こうして世界をまたにかけ、いずこにも属さず、なにも憂えず、自由気ままに波に身を委ねるあり方も終わりを迎えるべきなのかもしれなかった。シャーク アイの手元に届いた幾通もの手紙が、その時を告げていた。
「ボロンゴ、ありがとう。少し昼寝するよ。その手紙は片づけてくれ。」
「へ? いいので?」
「いいさ、読んだ、何度もな。他のは、読まなくていい。」
――――――――――
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励みになります。
よろしければご感想等もお寄せ下さい。
「夫と両親も、うまくいっていますわ。みな元気で暮らしていますよ。」
「最近亭主の戻りが遅いと女たちに苦情を受けているのだが。」
「まあ。そうなんですか?」
「魔物が増えたからな。夜の見張りの人数も増やしているのだ。」
「あたし結婚したばかりだからこんなものかと思ってましたわ。父は商人ですし。」
娘はおどけるように言って笑った。昼下がりの陽ざしの下で、その生き生きした笑顔は眩しく、船を統べるシャークアイの心を和ませた。
「それならよかった。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。」
「ありがとうございます。おかげさまで、毎日楽しく暮らしてますわ。」
シャークアイは娘と別れて船室に戻った。カデルと時間を前後させ、午睡を取るつもりだった。無人の船長室の卓上にはキャプテンの確認を待つ書類が積み上げられている。その束を手に掴んで寝室へと向かい、ベッドに身を投げた。
船内の文書を分けて先に目を通し、残ったものの中から封書を選び出す。裏側の封蝋ばかりが物々しい、開封の必要もないようなものばかりだ。シャークアイはそれらには目もくれず、手紙の山を漁った。
今回はあの封筒がないのか。
そう思った時、ドアがノックされた。
「キャプテン、お休みですかい?」
「ボロンゴか? 暇にしているだけだ、入れ。」
「すみません、一応、急ぎかもしれねえので。」
薄暗い寝室の中から見上げたボロンゴの姿は逆光になりその手元もよく見えなかったが、彼の運んできたものの正体をシャークアイは直感で悟った。今探していた、例の封筒に違いない。
「ああ、ちょうど手紙を御覧でしたか?」
「ろくでもないものばかりさ。見ろ、この数。」
「最近多いですなあ。キャプテン、お忙しいでしょうに。」
「いや、下らなくてまともに読みもしないからそう手間もない。面倒なだけだ。」
「へ? じゃあこいつも…」
「いや、お前の手にあるものはそうではないようだ。」
ボロンゴはシャークアイの手厳しい言葉を聞いて封書を差し出すのをためらいかけたが、シャークアイのほうから手が伸ばされ、手紙は優しく奪われるように主人の手に移った。蝋で押された紋章を明るいほうに向けて確かめる。
「思ったとおりだ。」
「なにがです?」
「差出人。」
ここ数か月に渡り、延々と熱心に手紙を寄越してくる、同じ差出人だ。マール・デ・ドラゴーンの寄港先など気まぐれなのに、まさか、あらゆる港に手紙を託してでもいるのだろうか。シャークアイは執拗な手紙攻撃にうんざりしながら、しかし最近では、よその船とすれ違うたび、どこかの港に投錨するたびに、きっとまた届くのではないかと内心で期待するようになっていた。
「すまんが、ナイフを取ってくれ、ボロンゴ。」
「へえ。こいつでいいですかい?」
シャークアイは小さなナイフを受け取ると、あおむけに寝転がったまま封を切った。ボロンゴが気を利かせてカーテンを開ける。光が差し込み、シャークアイは少し目を細めた。封筒と同じ紙質の便箋に、のびの良い墨が使われている。流麗な筆跡。麗々しいサイン、そして国璽。
「おいボロンゴ。これを見ろ。」
シャークアイは目の前にボロンゴを跪かせ、手紙を示した。笑っている、とボロンゴは思ったが、シャークアイ自身は気づいていなかった。
「なんです、随分しゃれた字ですなあ。」
「コスタール国王の親筆らしい。最近同じ内容のものが何通も届く。」
「何通も? コスタールって国から?」
「うむ。見ての通り、われらに救援を求めている。」
シャークアイはそこまで言って身体を起こした。わずかに寝乱れた布の服に黒髪が滑る。
「魔物が暴れるようになり、もはや誰もが海に船を出せる時代ではなくなった。そこでマール・デ・ドラゴーンにうまい話を持ち込み手を組もうとする金持ち連中が増えたのだ。手紙の主はほとんどがそういう連中さ。貴族や王族までいる。だが、結局は己の富と名声を追うものばかりだ。」
「そりゃ、キャプテンが嫌がるわけですな。」
「うむ。しかしコスタールはそうではないのだ。どうもそうではない。その手紙をよく読んでみろ。」
ボロンゴは文面を目で追った。コスタール王の言葉は丁寧で切実ではあったが、シャークアイの言うような「うまい話」というのとは趣が違った。シャークアイも身体を乗り出し、ボロンゴの手に握られた手紙を一緒に覗きこんだ。
「どうだ、面白いくらいわれらに見返りがないだろう?」
「必要な金は出来る限り出すと書いてあるようですが。」
「こんなもので大海賊マール・デ・ドラゴーンが動くと思うか? 笑わせるよ。」
シャークアイはそう言って、本当に少し笑った。侮蔑的な笑い方ではなく、嬉しそうな顔で。
「コスタールはずいぶん困っているようですな。」
「うん。海の魔物が多くなって船を出せずにいるとも書かれている。」
「大変なことで。」
ボロンゴが他人事のように呟いたのも無理はなかった。マール・デ・ドラゴーンは海上を移動する一国であり、どこにも属さず、どことも手を組まず、船の掟以外には何にも縛られず、他国のことには干渉しないのが常だからだ。
「ボロンゴ。お前に相談がある。」
きらりと光る両目が間近にボロンゴを見た。突然のことにボロンゴはたじろぎ、声を上ずらせた。
「だっ、大事な相談なら長老様やカデル様にして下せえよ! あっしはただの船員でさぁ!」
「いいから聞け。……われらは気ままに海を彷徨うだけで今まで満足してきた。民の暮らしが守られればよいと、オレもそう思って来たのだ。」
「へえ、それはもう、シャークアイ様が立派に引っ張って下さってるおかげで、あっしらは安泰でさ。」
「それもお前たちの助けがなければ叶わぬことだ。オレたちは自分たちの力で船を無事に保っているのだ。だが、船の外はどうだ? 人々の暮らしは魔物どもに脅かされている。コスタールが言うようにな。そして苦しんでいるのは、コスタール一国に限ったことではない。」
シャークアイの言う通り、海を行くマール・デ・ドラゴーンこそ難渋しないだけで、行く先々の世界各地で魔物は増え、人々は困惑していた。
「コスタールの王はともに手を携え魔物どもと戦おうとオレに訴えている。目先の利益を求めるのではない。人々のため、人間の手で平穏な世界を取り戻そうと言うのだ。」
「じゃあ、シャークアイ様。コスタールの話に乗るんですか?」
「どうだかな。しかし、われら水の一族も大いなる目的のために動くべき時なのかも知れん。最近オレはそんなことを考えている。」
シャークアイは言葉を濁したが、双眸にはもう決意が宿っているように見えた。おそらくコスタールから最後の一押しが来たら主人は動くのではないかとボロンゴは思った。
「どっかの国と一緒になるなんて、何だか夢みたいな話でさ。」
「危険な賭けかも知れん。船の暮らしにとっては今のままのほうがきっと安全だろう。」
「ボロンゴには難しいこたぁわかりませんや。けど、キャプテンが決めたことなら、どこまでもついていきまさあ! 一族の誰だってそうですぜ!」
ボロンゴがそう言うと、シャークアイはほっとしたような、照れたような微笑を浮かべた。
「そうか。」
不意に窓の外から、わあっ、と海賊たちの声が立った。賑やかな、お祭り騒ぎのような声。きっとまたモンスターが出て、仲間たちが退治したのだろうと室内の二人は思った。魔物との戦いは、最近では食事と同じくらい当たり前の風景になった。マール・デ・ドラゴーンの男たちは強く、船の装備は固く、怪我の心配さえほとんどないくらいだ。戦闘の多いことは、むしろ好戦的な連中には好かれる事態だった。しかし魔物たちが数を増やしている今の時代の大きなうねりから見れば、こうして世界をまたにかけ、いずこにも属さず、なにも憂えず、自由気ままに波に身を委ねるあり方も終わりを迎えるべきなのかもしれなかった。シャーク アイの手元に届いた幾通もの手紙が、その時を告げていた。
「ボロンゴ、ありがとう。少し昼寝するよ。その手紙は片づけてくれ。」
「へ? いいので?」
「いいさ、読んだ、何度もな。他のは、読まなくていい。」
――――――――――
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励みになります。
よろしければご感想等もお寄せ下さい。
「ん?」
物影にぴくりと動く何かを見つけて、カデルは足を止めた。
「いま、何か動かなかったか?」
まさか、魔物だろうか? マール・デ・ドラゴーンは今日の戦闘を終え、船員たちは皆休憩に入ったところだ。点呼の時、異常がないか確認したはずだが、見落としがあったのかもしれない。
カデルは腰のナイフに手を添え、そろりそろりと用心深く近づいていった。樽の陰に、確かに何かが隠れている。猫ではないことは、半透明の、つるりとした太い紐のようなものがはみ出していることから明らかだった。カデルは思い切って樽を蹴飛ばして叫んだ。
「なにものだっ!」
「ピッピキーッ!!」
「!! なんだ…っ、スライムじゃないか!」
カデルは肩すかしを食らい、ナイフから手を離した。一般の船員ならともかく、海賊のカデルにとっては、スライムなど敵ではない。目の前にはいかにも弱そうな小さなスライムが、ぷるぷると震えていた。
「なんだよ、びびらせやがってっ! このマール・デ・ドラゴーンでコソコソしていいこたぁねえぞ!!」
「ピキッ。ぼっ、ぼくはスライムじゃないよ、くらげだよっ!」
「どっちでも同じだっ!」
「そっ、それに、悪いくらげじゃないよ!!」
「ばかやろう、悪くねえモンスターがいるかってんだ!」
カデルはスライムの角をぎゅむっと掴んで吊り上げた。よく見ると確かにスライムではないようだ。色が薄いし、たくさんの触手が生えていた。さっき樽の陰からはみ出していた半透明の紐の正体だ。欠けた触手の先から、魔物の青い体液が、ぽたっ、と船の床にこぼれた。
「まったく、こんな雑魚が、どうやって入りやがったんだか。」
「いたいよう、はなしてよう。」
「カデル? どうかしたの?」
背後から可愛らしい声をかけられ、カデルはびっくりして振り返った。こともあろうにキャプテン・シャークアイの妻アニエスが、騒ぎを聞きつけ、ドアの近くに立っていた。
「奥様! 近づいちゃいけません!」
「あら、スライムなの!?」
「くらげだそうで。しかし、小さくても魔物は魔物ですよ。」
「ぼっ、ぼくは悪いくらげじゃないよう! しびしびもしないよう!」
「まあ、そうなの!?」
アニエスはカデルの隣まで来て、くらげを覗きこんだ。
「アニエス様! 危ないですって!」
「でも…カデル、この子、怪我してるわ。」
「ぼく、おっきなサメのせなかにくっついてたんだよう。そしたら人間たちと戦いになって…。」
「あー、そういや、見たような気がするなあ。」
カデルは今日の戦闘を思い出した。確かに魔物のむれの中から、小さな何かが飛び出すのを見た覚えがある。その時は水飛沫かとも思ったのだが、このくらげだったのだ。
「巻き込まれて、怪我してしまったのね。手当てしてあげましょう。」
「触ってはいけません。するならカデルが代わりにしますから。」
「いいのよカデル。悪い子じゃないんだわ。大丈夫よ、ね?」
アニエスはくらげに向かってそっと手を伸ばした。くらげはぷるぷる震えながら、優しいその腕の中に収まった。
「ピキィ…水が欲しいよう……」
「よしよし、手当てをしたら、すぐに海に戻してあげましょう。」
「さいきん、海が、怖いよう……」
アニエスは黙ってくらげの頭を撫でた。カデルもくらげの泣き言には内心どきりとして言葉を失った。アニエスを見ると、やはり少し傷ついたような顔をしていた。
「…ごめんね、あなたみたいな、優しいくらげちゃんもいるのにね。」
アニエスは大事そうにくらげを抱いた。怪我をしている場所からくらげの体液がこぼれ、きれいなアニエスの服に青いシミをつけてしまう。
「ごめんね。くらげちゃん。ごめんね。」
「ピキー……」
「…あーあ、しょうがねえなあ、アニエス様は! 行きましょうや、医者のところまでお供しまさあ。」
「ありがとう、カデル!」
「けどなあ、内緒にして下さいよ。でないと、おれがキャプテンに怒られまさ。」
カデルはあたりの様子をうかがって、人けのないことを確かめた。アニエスの手を取る代わりに、くらげの手を一本掴んで、ドアの外へと導く。アニエスに抱かれて安心したのだろう、その触手はもう、出会った時のように震えてはいなかった。
――――――――――
コスタール海軍時代のお話でした。
人魚時代のアニエスがくらげと仲良くしているお話
→「涙のゆくえを君は知っていますか?」
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
よろしければご感想等お寄せ下さい。
物影にぴくりと動く何かを見つけて、カデルは足を止めた。
「いま、何か動かなかったか?」
まさか、魔物だろうか? マール・デ・ドラゴーンは今日の戦闘を終え、船員たちは皆休憩に入ったところだ。点呼の時、異常がないか確認したはずだが、見落としがあったのかもしれない。
カデルは腰のナイフに手を添え、そろりそろりと用心深く近づいていった。樽の陰に、確かに何かが隠れている。猫ではないことは、半透明の、つるりとした太い紐のようなものがはみ出していることから明らかだった。カデルは思い切って樽を蹴飛ばして叫んだ。
「なにものだっ!」
「ピッピキーッ!!」
「!! なんだ…っ、スライムじゃないか!」
カデルは肩すかしを食らい、ナイフから手を離した。一般の船員ならともかく、海賊のカデルにとっては、スライムなど敵ではない。目の前にはいかにも弱そうな小さなスライムが、ぷるぷると震えていた。
「なんだよ、びびらせやがってっ! このマール・デ・ドラゴーンでコソコソしていいこたぁねえぞ!!」
「ピキッ。ぼっ、ぼくはスライムじゃないよ、くらげだよっ!」
「どっちでも同じだっ!」
「そっ、それに、悪いくらげじゃないよ!!」
「ばかやろう、悪くねえモンスターがいるかってんだ!」
カデルはスライムの角をぎゅむっと掴んで吊り上げた。よく見ると確かにスライムではないようだ。色が薄いし、たくさんの触手が生えていた。さっき樽の陰からはみ出していた半透明の紐の正体だ。欠けた触手の先から、魔物の青い体液が、ぽたっ、と船の床にこぼれた。
「まったく、こんな雑魚が、どうやって入りやがったんだか。」
「いたいよう、はなしてよう。」
「カデル? どうかしたの?」
背後から可愛らしい声をかけられ、カデルはびっくりして振り返った。こともあろうにキャプテン・シャークアイの妻アニエスが、騒ぎを聞きつけ、ドアの近くに立っていた。
「奥様! 近づいちゃいけません!」
「あら、スライムなの!?」
「くらげだそうで。しかし、小さくても魔物は魔物ですよ。」
「ぼっ、ぼくは悪いくらげじゃないよう! しびしびもしないよう!」
「まあ、そうなの!?」
アニエスはカデルの隣まで来て、くらげを覗きこんだ。
「アニエス様! 危ないですって!」
「でも…カデル、この子、怪我してるわ。」
「ぼく、おっきなサメのせなかにくっついてたんだよう。そしたら人間たちと戦いになって…。」
「あー、そういや、見たような気がするなあ。」
カデルは今日の戦闘を思い出した。確かに魔物のむれの中から、小さな何かが飛び出すのを見た覚えがある。その時は水飛沫かとも思ったのだが、このくらげだったのだ。
「巻き込まれて、怪我してしまったのね。手当てしてあげましょう。」
「触ってはいけません。するならカデルが代わりにしますから。」
「いいのよカデル。悪い子じゃないんだわ。大丈夫よ、ね?」
アニエスはくらげに向かってそっと手を伸ばした。くらげはぷるぷる震えながら、優しいその腕の中に収まった。
「ピキィ…水が欲しいよう……」
「よしよし、手当てをしたら、すぐに海に戻してあげましょう。」
「さいきん、海が、怖いよう……」
アニエスは黙ってくらげの頭を撫でた。カデルもくらげの泣き言には内心どきりとして言葉を失った。アニエスを見ると、やはり少し傷ついたような顔をしていた。
「…ごめんね、あなたみたいな、優しいくらげちゃんもいるのにね。」
アニエスは大事そうにくらげを抱いた。怪我をしている場所からくらげの体液がこぼれ、きれいなアニエスの服に青いシミをつけてしまう。
「ごめんね。くらげちゃん。ごめんね。」
「ピキー……」
「…あーあ、しょうがねえなあ、アニエス様は! 行きましょうや、医者のところまでお供しまさあ。」
「ありがとう、カデル!」
「けどなあ、内緒にして下さいよ。でないと、おれがキャプテンに怒られまさ。」
カデルはあたりの様子をうかがって、人けのないことを確かめた。アニエスの手を取る代わりに、くらげの手を一本掴んで、ドアの外へと導く。アニエスに抱かれて安心したのだろう、その触手はもう、出会った時のように震えてはいなかった。
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女性
自己紹介:
ゲーム大好きモル元です。
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。
シャークアイ、かっこいいよね!
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
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