ドラゴンクエスト7の小説ブログです。
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からくりに心などないと人は言う。そうだろうか。確かに彼女エリーは、人間のように憎んだり罵ったりはしない。ただ決められたことをするだけだ。私の記憶させた動作だけを。スープを作り、私に運ぶ。たどたどしく平坦な機械の声で私に話しかけ、簡単な受け答えを。だがそれが優しさでなくて何だろう。優しさが、心でなくて何だろう。
現代に戻って最初にフォロッドの西の研究所を訪ねたとき、ベッドの上にはきれいに骨だけになったゼボットの姿があった。動いているのはエリーだけだった。
”コノすーぷ飲メバ ぜぼっと元気ニナル…”
僕たちは彼女をとめることが出来ない。何年も、気の遠くなるほどの時間、繰り返し、繰り返し彼を案じてスープを作ってきた彼女を。
「…行きましょう、アルス。」
マリベルが僕たちを急きたてた。ここはゼボットさんとエリーの、二人だけの場所。長居してはいけないのだ。
夜、宿の窓に月を見上げる時間になっても、僕はなんとなしに眠れないでいた。脳裏に蘇る、砂っぽい研究所の床。横たわったゼボットの骸骨、そして。
「ねえ、マリベル。僕思うんだけど…」
マリベルはベッドに身体を横たえていたけれど、やっぱり起きていて、僕のほうに身体を向けた。
「何よ?」
「…ゼボットさんはさ、自分が死んだあと、エリーさんがああなるって知ってたんだよね?」
「…それもそうね」
ゼボットさんはエリーを生み出した研究者なのだ。そのくらいのことは知っていたはずだ。だから、あれはわざと。いつまでも、いつまでも、エリーがああして同じ動作を繰り返すのは、きっと。
「今日エリーを見たときはショックだったけど…ゼボットさんは自分が死んじゃったこと、エリーに教えたくなかったんじゃないかなあ。」
「急に死んだのかもしれないわよ、ゼボットは。…いえ、そうね。」
マリベルは、うーん、と唸って少しの間黙った。
「そうね…どうなのかしら。ゼボットなら、不慮の死にもあらかじめ対策していそうよね。」
でも簡単な動作しか覚えないのかな。人の死を、認識するようには出来ないのだろうか。それとも、僕が思うように、わざと教えなかったのかな。
「確かにご主人さまが死んじゃったって知るよりは、ずっと病気なんだと思って看病してたほうが幸せかもしれないわね。」
「うん。」
「…わかんないわよ。ロボットの気持ちなんて、なあんにも!」
マリベルが突き放すように言った。それがマリベルなりの思慮深さだってこと、僕は知っている。会話が途切れて、僕はまた月を見上げた。
ロボットの気持ち。
ゼボットさんは、エリーの気持ちを考えていたんだろうな。
でも僕には、僕たちには、同じ人間のゼボットさんの気持ちも分からない。
ロボットと暮らし続けた人。
彼はロボットの気持ちを理解する、きっと特別な人間だった。本当にロボットに共感するのはゼボットさんだけだろうと思う。
僕に分かるのはこういうこと。
エリーは一人ではないんだ。そう信じているんだ。きっと、壊れるまで。
僕らの旅の終わりを探す頃。再び訪れた研究所で、白い骨に寄り添うように、エリーが伏していた。僕らはその光景にまたショックを受けて立ち竦んだ。ガボはすぐに泣いた。わけもわからず。
「エネルギーが切れたのね。」
ここは荒れた土地で、僕たちは二人に捧げる花を見つけることも出来ない。
エリーは花を摘まなかった。繰り返し死者を弔い、ロボットの長い寿命を一人で生きさせることより、病気の主人のためにスープを作り続けさせるほうを、ゼボットさんは選んだ。僕はやっぱりそう思った。人間の命の長さしかないゼボットさんが、機械のエリーと死ぬまでずっと一緒に生き続けるために、そうしたのだと。
主人の骨の隣で、穏やかに寄り添う機械。もう動かない、静かに朽ちていく永遠の眠り。
「ガボ、泣かないでお祈りしましょうよ。」
ずっと一緒に生きて、そして一緒に死んだのだ。
僕たちは胸の前で手を組み、二人の冥福を祈った。
――――――――――
お題はこちらのサイト様から頂きました
capriccio様
現代に戻って最初にフォロッドの西の研究所を訪ねたとき、ベッドの上にはきれいに骨だけになったゼボットの姿があった。動いているのはエリーだけだった。
”コノすーぷ飲メバ ぜぼっと元気ニナル…”
僕たちは彼女をとめることが出来ない。何年も、気の遠くなるほどの時間、繰り返し、繰り返し彼を案じてスープを作ってきた彼女を。
「…行きましょう、アルス。」
マリベルが僕たちを急きたてた。ここはゼボットさんとエリーの、二人だけの場所。長居してはいけないのだ。
夜、宿の窓に月を見上げる時間になっても、僕はなんとなしに眠れないでいた。脳裏に蘇る、砂っぽい研究所の床。横たわったゼボットの骸骨、そして。
「ねえ、マリベル。僕思うんだけど…」
マリベルはベッドに身体を横たえていたけれど、やっぱり起きていて、僕のほうに身体を向けた。
「何よ?」
「…ゼボットさんはさ、自分が死んだあと、エリーさんがああなるって知ってたんだよね?」
「…それもそうね」
ゼボットさんはエリーを生み出した研究者なのだ。そのくらいのことは知っていたはずだ。だから、あれはわざと。いつまでも、いつまでも、エリーがああして同じ動作を繰り返すのは、きっと。
「今日エリーを見たときはショックだったけど…ゼボットさんは自分が死んじゃったこと、エリーに教えたくなかったんじゃないかなあ。」
「急に死んだのかもしれないわよ、ゼボットは。…いえ、そうね。」
マリベルは、うーん、と唸って少しの間黙った。
「そうね…どうなのかしら。ゼボットなら、不慮の死にもあらかじめ対策していそうよね。」
でも簡単な動作しか覚えないのかな。人の死を、認識するようには出来ないのだろうか。それとも、僕が思うように、わざと教えなかったのかな。
「確かにご主人さまが死んじゃったって知るよりは、ずっと病気なんだと思って看病してたほうが幸せかもしれないわね。」
「うん。」
「…わかんないわよ。ロボットの気持ちなんて、なあんにも!」
マリベルが突き放すように言った。それがマリベルなりの思慮深さだってこと、僕は知っている。会話が途切れて、僕はまた月を見上げた。
ロボットの気持ち。
ゼボットさんは、エリーの気持ちを考えていたんだろうな。
でも僕には、僕たちには、同じ人間のゼボットさんの気持ちも分からない。
ロボットと暮らし続けた人。
彼はロボットの気持ちを理解する、きっと特別な人間だった。本当にロボットに共感するのはゼボットさんだけだろうと思う。
僕に分かるのはこういうこと。
エリーは一人ではないんだ。そう信じているんだ。きっと、壊れるまで。
僕らの旅の終わりを探す頃。再び訪れた研究所で、白い骨に寄り添うように、エリーが伏していた。僕らはその光景にまたショックを受けて立ち竦んだ。ガボはすぐに泣いた。わけもわからず。
「エネルギーが切れたのね。」
ここは荒れた土地で、僕たちは二人に捧げる花を見つけることも出来ない。
エリーは花を摘まなかった。繰り返し死者を弔い、ロボットの長い寿命を一人で生きさせることより、病気の主人のためにスープを作り続けさせるほうを、ゼボットさんは選んだ。僕はやっぱりそう思った。人間の命の長さしかないゼボットさんが、機械のエリーと死ぬまでずっと一緒に生き続けるために、そうしたのだと。
主人の骨の隣で、穏やかに寄り添う機械。もう動かない、静かに朽ちていく永遠の眠り。
「ガボ、泣かないでお祈りしましょうよ。」
ずっと一緒に生きて、そして一緒に死んだのだ。
僕たちは胸の前で手を組み、二人の冥福を祈った。
――――――――――
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午後の海。
昼飯を済ませた海賊たちが日陰で午睡する、昼夜を問わず賑やかな船が、この時間だけは少しだけ静かになる。眠る習慣のない者同士が集まってカードをしている。マリベル嬢とガボの姿は甲板にあった。もう一人がいない。
探した先、アルスは労働していないはずなのに、日々の戦いに疲れているのか、机に突っ伏して眠っていた。一歩、二歩、近づいても目覚めない。きっと平和な島に生まれ育ち、警戒の訓練を受けてはいないのだ。
真横まで来てもアルスは起きなかった。すうすうと、安定した優しい呼吸、まだ幼さを残す柔らかなその頬が、アニエスに似ていないか? いつも被っている若草色の頭巾がずれて、伸びかけの黒髪が肩に散っていた。触ってみたい。もう一度よく眠っていることを確かめて、そっと手を伸ばす。指先が宙を過ぎる、頬を掠めたら流石に気付かれてしまいそうだ。野放図な黒髪に少し触った。ごわごわと硬い感触。ああ、若い頃のオレもこんな髪をしていた。
・・・・・・。
長い黒髪を、若い娘に梳かせている。薄い衣を纏い、ソファに身を預け、ゆったりと、リラックスした表情で。
僕が初めてそんなシャークアイの様子を見たときの感想は、とにかく想像もしていなかったから、ぽかんとしたのが最初。男の人がそういう身支度をするっていうのもエスタードでは考えたこともなかったし、そのうえ海賊王シャークアイがそれをしているのは一層ちぐはぐな気がした。そんなことがひとしきり僕の頭を占め、そしてその第一印象が去ると、僕は、きれいだなあ、と思った。きれいだ。水に洗われる長い髪も、そして気楽そうに眼を伏せた顔に浮かぶ、王者の余裕も。もし僕がそんなことをされたとしたら、気障だってマリベルに笑われるだろうし、第一緊張してすごく居心地が悪いことだろう。
「これはアルス殿。」
シャークアイは僕に気付くと別段驚いた様子もなく笑いかけた。うっかりこんな場面に迷い込んだ僕のほうが恥ずかしくなってしまう。鍵のないドアを勝手に開けて回るからだ。シャークアイに付いていた若い娘は軽く、でも丁寧な口調で、「こんにちは、アルス様。」とあいさつして、すぐに仕事に戻った。細い指先がシャークアイの髪を持ち上げている。それは高貴な扇のように広がった。
「船の中を探検ですか?」
「ごめんなさい、勝手に入って…」
「いや、構いませんよ。」
アルス殿の探検好きがわれらの呪いを解いたのですからな。キャプテン・シャークアイはそう言って笑った。そこにカデルさんがやってきて、「おや、アルス様。」とこれまた平気な顔で言った。…いいのかな? いつも大きな鎧に大きなマントをつけて堂々と船を見下ろしている、シャークアイのこんなプライベートの姿、誰でも見ていいものなのかな? それともカデルさんはシャークアイの右腕とまで言われる人だからいいのかな? じゃあ僕は?、と思うと、また妙に気恥しくなった。この人に許されていると考えるのは自惚れだと思う。思うけど、そう考えてしまうのをやめられない。
「おう、カデル。待ったぞ。」
「待ってないでしょう、急いだんだから。持ってきましたさあ、今日はこれが御所望だとか。」
カデルさんは小さな瓶を、シャークアイにではなく娘さんのほうに差し出した。
「これですわ。すみません、カデル様。」
「全く、シャークの旦那はひと使いが荒いんでさ、最近はこのカデルが秘書みたいなざまで」
「信頼しているのだ」
シャークアイが笑った。舵とりが使いっ走りでさあ。カデルさんはそうこぼして娘さんを笑わせていた。娘さんが小瓶の栓を抜くと、僕の立っているところまで、ほのかないいにおいが漂ってきた。
「アロマオイルですわ。メモリアリーフの。」
なんでもすぐ聞きたそうにするからよ、とマリベルがいつも言うけれど、今もそうだったのかな。娘さんは僕を見て、聞きもしないのに親切に瓶の中身を教えてくれた。それからそのオイルで丁寧にシャークアイの髪を梳かした。肩を滑り落ちる黒髪に艶が宿り、きれいだ。これから鎧を着て、マントを羽織り、そうして人々の眼を惹きつけるあの立派な総領の姿になるのだ。世界中の王室や富豪とも渡り合うキャプテン・シャークアイがそうやって出来ているのだということに対する驚きと、今その準備のさなかのシャークアイを見てしまっていることに対する、何だかいけないような気持ちの両方のせいで、僕はどきどきしていた。
「アルス様もなさいますか?」
「えっ、いや、僕は別に…!」
僕は慌てて手を振った。
恥ずかしい。僕はそんなことに慣れてないし、それに、僕の髪はシャークアイとは違って、ほったらかしで中途半端な長さに伸び放題、いつもがさがさしているし…。
「はは、アルス様は男前だから、どこかの王子様みたいになっちまいまさあ」
「だ、だめだよ、僕、ぼさぼさだし…」
「ふーん。アルス様の髪は子供の時分の総領と似てますな?」
カデルさんが急にそんなことを言った。僕は娘さんとカデルさん、二人に見つめられてしまって居心地悪い。その上シャークアイまで僕に視線を向けた。不思議な光を湛えた両目で、じっと僕を観察するように。
「…そうだな。カデルの言うとおりだ。」
しっとりとつややかな口調、そのあとキャプテンはいつものように明るい笑い声をあげたけれど、僕は頬が熱くて困ってしまった。本当に、そうなのかな? 期待してしまう、僕はいつか、憧れの人のようになれるのだろうかと。
帽子からはみ出した髪をつまんでみた。がさがさだったはずの手触りは、知らない間に子供の頃よりはこころなしか柔らかくなっている気がした。僕はもう一度、シャークアイの美しい姿を見た。
――――――――――
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昼飯を済ませた海賊たちが日陰で午睡する、昼夜を問わず賑やかな船が、この時間だけは少しだけ静かになる。眠る習慣のない者同士が集まってカードをしている。マリベル嬢とガボの姿は甲板にあった。もう一人がいない。
探した先、アルスは労働していないはずなのに、日々の戦いに疲れているのか、机に突っ伏して眠っていた。一歩、二歩、近づいても目覚めない。きっと平和な島に生まれ育ち、警戒の訓練を受けてはいないのだ。
真横まで来てもアルスは起きなかった。すうすうと、安定した優しい呼吸、まだ幼さを残す柔らかなその頬が、アニエスに似ていないか? いつも被っている若草色の頭巾がずれて、伸びかけの黒髪が肩に散っていた。触ってみたい。もう一度よく眠っていることを確かめて、そっと手を伸ばす。指先が宙を過ぎる、頬を掠めたら流石に気付かれてしまいそうだ。野放図な黒髪に少し触った。ごわごわと硬い感触。ああ、若い頃のオレもこんな髪をしていた。
・・・・・・。
長い黒髪を、若い娘に梳かせている。薄い衣を纏い、ソファに身を預け、ゆったりと、リラックスした表情で。
僕が初めてそんなシャークアイの様子を見たときの感想は、とにかく想像もしていなかったから、ぽかんとしたのが最初。男の人がそういう身支度をするっていうのもエスタードでは考えたこともなかったし、そのうえ海賊王シャークアイがそれをしているのは一層ちぐはぐな気がした。そんなことがひとしきり僕の頭を占め、そしてその第一印象が去ると、僕は、きれいだなあ、と思った。きれいだ。水に洗われる長い髪も、そして気楽そうに眼を伏せた顔に浮かぶ、王者の余裕も。もし僕がそんなことをされたとしたら、気障だってマリベルに笑われるだろうし、第一緊張してすごく居心地が悪いことだろう。
「これはアルス殿。」
シャークアイは僕に気付くと別段驚いた様子もなく笑いかけた。うっかりこんな場面に迷い込んだ僕のほうが恥ずかしくなってしまう。鍵のないドアを勝手に開けて回るからだ。シャークアイに付いていた若い娘は軽く、でも丁寧な口調で、「こんにちは、アルス様。」とあいさつして、すぐに仕事に戻った。細い指先がシャークアイの髪を持ち上げている。それは高貴な扇のように広がった。
「船の中を探検ですか?」
「ごめんなさい、勝手に入って…」
「いや、構いませんよ。」
アルス殿の探検好きがわれらの呪いを解いたのですからな。キャプテン・シャークアイはそう言って笑った。そこにカデルさんがやってきて、「おや、アルス様。」とこれまた平気な顔で言った。…いいのかな? いつも大きな鎧に大きなマントをつけて堂々と船を見下ろしている、シャークアイのこんなプライベートの姿、誰でも見ていいものなのかな? それともカデルさんはシャークアイの右腕とまで言われる人だからいいのかな? じゃあ僕は?、と思うと、また妙に気恥しくなった。この人に許されていると考えるのは自惚れだと思う。思うけど、そう考えてしまうのをやめられない。
「おう、カデル。待ったぞ。」
「待ってないでしょう、急いだんだから。持ってきましたさあ、今日はこれが御所望だとか。」
カデルさんは小さな瓶を、シャークアイにではなく娘さんのほうに差し出した。
「これですわ。すみません、カデル様。」
「全く、シャークの旦那はひと使いが荒いんでさ、最近はこのカデルが秘書みたいなざまで」
「信頼しているのだ」
シャークアイが笑った。舵とりが使いっ走りでさあ。カデルさんはそうこぼして娘さんを笑わせていた。娘さんが小瓶の栓を抜くと、僕の立っているところまで、ほのかないいにおいが漂ってきた。
「アロマオイルですわ。メモリアリーフの。」
なんでもすぐ聞きたそうにするからよ、とマリベルがいつも言うけれど、今もそうだったのかな。娘さんは僕を見て、聞きもしないのに親切に瓶の中身を教えてくれた。それからそのオイルで丁寧にシャークアイの髪を梳かした。肩を滑り落ちる黒髪に艶が宿り、きれいだ。これから鎧を着て、マントを羽織り、そうして人々の眼を惹きつけるあの立派な総領の姿になるのだ。世界中の王室や富豪とも渡り合うキャプテン・シャークアイがそうやって出来ているのだということに対する驚きと、今その準備のさなかのシャークアイを見てしまっていることに対する、何だかいけないような気持ちの両方のせいで、僕はどきどきしていた。
「アルス様もなさいますか?」
「えっ、いや、僕は別に…!」
僕は慌てて手を振った。
恥ずかしい。僕はそんなことに慣れてないし、それに、僕の髪はシャークアイとは違って、ほったらかしで中途半端な長さに伸び放題、いつもがさがさしているし…。
「はは、アルス様は男前だから、どこかの王子様みたいになっちまいまさあ」
「だ、だめだよ、僕、ぼさぼさだし…」
「ふーん。アルス様の髪は子供の時分の総領と似てますな?」
カデルさんが急にそんなことを言った。僕は娘さんとカデルさん、二人に見つめられてしまって居心地悪い。その上シャークアイまで僕に視線を向けた。不思議な光を湛えた両目で、じっと僕を観察するように。
「…そうだな。カデルの言うとおりだ。」
しっとりとつややかな口調、そのあとキャプテンはいつものように明るい笑い声をあげたけれど、僕は頬が熱くて困ってしまった。本当に、そうなのかな? 期待してしまう、僕はいつか、憧れの人のようになれるのだろうかと。
帽子からはみ出した髪をつまんでみた。がさがさだったはずの手触りは、知らない間に子供の頃よりはこころなしか柔らかくなっている気がした。僕はもう一度、シャークアイの美しい姿を見た。
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凪いだ海の平和に、
オレは居場所を失くす。
昼間は好きだ。太陽の光が、すべてを覆い尽くすから。対して星々の輝きは残酷だ。闇に浮かぶ無数の青白い光の粒は夜毎、おまえはどうしたのだと問いかけてくる。かれらに応えて明滅する光が、かつては望めばいつでも、この身体の上に灯っていた。
それは過去のオレを常に勇気づけていたわけではなかった。オレの生まれ享けた紋章はほんの一部分にすぎなかった。一族を導くとき、その不安定な淡い輝きは時に頼りなくも思えたものだ。だが失った後になって、オレはそれがどれだけ強い意味をもっていたのかを思い知らされた。
日陰に寝転び、抜けるような青空を見上げる。鮮やかに映える、大きな一対のマスト。船の者たちの暮らす石造りの建物。噴水。視界を走る幾筋のロープ。どれもオレのものだった。舵の真下に位置する、覇者の居室も。だが今は戻る気にならない。
「シャークアイ様ぁ、どうなさったんです?」
同じ日陰にいたボロンゴが、気だるそうなオレを案じて声をかけた。暇なのだ、と答えかけてやめた。所在ない。日差しを除けるように、両腕で顔を覆う。やるべきことがないわけではないが、魔王軍と戦うほどの仕事はもうなかった。
「転寝ですかい、キャプテン?」
「うん」
「はは、平和ですなあ」
ボロンゴはオレの近くに腰を下ろし、網の修理を始めた。そう、平和でも、仕事はあるのだ。生きていくという仕事が。どんな姿になろうと、命の続く限り。人間とは畢竟そういうものであり、おのれもまた例外ではなくその宿命にあることを、オレは頭では理解していた。
アルスたちの活躍のおかげで、魔王は滅び、世界を脅かす重苦しい雲は晴れた。白い鳥たちの鳴き交わす大海原、風を孕む毎日は楽しかった。沢山笑い、海の幸を享受する。幸福な平和の暮らし。だが同時にオレは後ろめたかった。じりじりと照りつける日にさえ、長い袖の服ばかり着た。この腕を船員たちに見せることに抵抗があった。
代々、水の民を守り、率いてきたのは、紋章を継ぐ者と決まっていたではないか。
それなのにオレはアルスを引き連れてくることも出来ず、かといって、再び民を導く力を取り戻すあてもない。
キャプテン、と呼ばれるたびに躊躇う。
その親しみと信頼のこもる呼び声に、オレはもう、応えることが出来ない。
すまない……
そのうえ、オレは民のすべてを欺いていた。
わが力を失ったと、はっきりと告白することが出来ないでいた。
ただオレの臆病のために。
(これ以上何も失えないのだ。)
そびえ立つ海上の城、明るい掛声を交わす海賊の民たち。真実を告げ、お前たちを失う勇気がない。すべては本当はあの力とともに、既にこの手をすり抜けてしまったものだとしても。
考え事をすると息が詰まるようだ。過去に経験のない、胸の重たさを持て余す。このまま舵を東にして、昼の海をずっと渡っていたかった。孤独の夜が近づいてくることが怖い。闇に浸る肉体に向かい合うことが。
潰えた光は、二度と戻らない。
――――――――――
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オレは居場所を失くす。
昼間は好きだ。太陽の光が、すべてを覆い尽くすから。対して星々の輝きは残酷だ。闇に浮かぶ無数の青白い光の粒は夜毎、おまえはどうしたのだと問いかけてくる。かれらに応えて明滅する光が、かつては望めばいつでも、この身体の上に灯っていた。
それは過去のオレを常に勇気づけていたわけではなかった。オレの生まれ享けた紋章はほんの一部分にすぎなかった。一族を導くとき、その不安定な淡い輝きは時に頼りなくも思えたものだ。だが失った後になって、オレはそれがどれだけ強い意味をもっていたのかを思い知らされた。
日陰に寝転び、抜けるような青空を見上げる。鮮やかに映える、大きな一対のマスト。船の者たちの暮らす石造りの建物。噴水。視界を走る幾筋のロープ。どれもオレのものだった。舵の真下に位置する、覇者の居室も。だが今は戻る気にならない。
「シャークアイ様ぁ、どうなさったんです?」
同じ日陰にいたボロンゴが、気だるそうなオレを案じて声をかけた。暇なのだ、と答えかけてやめた。所在ない。日差しを除けるように、両腕で顔を覆う。やるべきことがないわけではないが、魔王軍と戦うほどの仕事はもうなかった。
「転寝ですかい、キャプテン?」
「うん」
「はは、平和ですなあ」
ボロンゴはオレの近くに腰を下ろし、網の修理を始めた。そう、平和でも、仕事はあるのだ。生きていくという仕事が。どんな姿になろうと、命の続く限り。人間とは畢竟そういうものであり、おのれもまた例外ではなくその宿命にあることを、オレは頭では理解していた。
アルスたちの活躍のおかげで、魔王は滅び、世界を脅かす重苦しい雲は晴れた。白い鳥たちの鳴き交わす大海原、風を孕む毎日は楽しかった。沢山笑い、海の幸を享受する。幸福な平和の暮らし。だが同時にオレは後ろめたかった。じりじりと照りつける日にさえ、長い袖の服ばかり着た。この腕を船員たちに見せることに抵抗があった。
代々、水の民を守り、率いてきたのは、紋章を継ぐ者と決まっていたではないか。
それなのにオレはアルスを引き連れてくることも出来ず、かといって、再び民を導く力を取り戻すあてもない。
キャプテン、と呼ばれるたびに躊躇う。
その親しみと信頼のこもる呼び声に、オレはもう、応えることが出来ない。
すまない……
そのうえ、オレは民のすべてを欺いていた。
わが力を失ったと、はっきりと告白することが出来ないでいた。
ただオレの臆病のために。
(これ以上何も失えないのだ。)
そびえ立つ海上の城、明るい掛声を交わす海賊の民たち。真実を告げ、お前たちを失う勇気がない。すべては本当はあの力とともに、既にこの手をすり抜けてしまったものだとしても。
考え事をすると息が詰まるようだ。過去に経験のない、胸の重たさを持て余す。このまま舵を東にして、昼の海をずっと渡っていたかった。孤独の夜が近づいてくることが怖い。闇に浸る肉体に向かい合うことが。
潰えた光は、二度と戻らない。
――――――――――
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capriccio様
グランエスタードのお庭に、花々が咲き乱れている。
こんなに咲いていたかしら……?
キーファお兄さまがいなくなってから、心には、
ぽっかりと大きな穴が開いてしまったみたいだった。
お父さまのためにも、
いつまでも気を落としていてはいけないと、わかっていたのだけれど……。
お兄さまは明るくて、冒険好きで、やさしくて、いつも私をかわいがってくれて。
ずっと一緒にいてくれるって思っていたの。
だから、アルスと冒険ごっこをしているのを、楽しそうねって思って、私はただ見守っていたの。
あとから冒険のお話を聞かせてもらうのが大好きだった。
愉快そうなお喋りを聞くひとときが、大好きだったの。
だけどお兄さまは急にいなくなった。そして私はお庭を見ることも、ずっと忘れていたのだわ。
大切にしていたお庭は少しだけ、荒れてしまった。
城の者が気を遣って世話をしてくれていても、持ち主の私が心をかけないのでは、花も萎れてしまうに決まっているわ。
けれど季節はめぐり、また花が咲く。
何年も、何十年も、
もしかしたら、何百年も続くのかも知れない。
そう、遠い昔から、ずっとこうして、咲いていたのよ……。
よく晴れた空、海のにおいのする風、気持ちいいなんて思ったの、いつぶりでしょう。
遠くに、アルスたちの姿が見えた。
お兄さまのいなくなったことを慰めてくれたガボ。
いつか初めて来た時には、何だかどんどんお兄さまが忘れられてしまう気がして、冷たくしてしまった、メルビン。
そしてひときわ目立つのは、真っ赤な服、真っ黒な髪をした、はつらつとした女の人。
アイラ……。
私は真紅の薔薇をひとつ摘んで、急いでアルスたちのところに走っていく。
間に合うかしら。まだ間に合うかしら。
旅急ぐアルスたち。まだ、翼を使わないで。魔法で飛んでいかないで。
「アイラ!」
細い靴が石畳にあたって、私は転びそうになる。
アイラはとても機敏、さっと駆け寄って私を支えてくれた。
「リーサ姫? どうなさったの?」
「ああ、アイラ! ありがとう、助けてくれて。」
薔薇の花、ひとつ、懐かしい瞳をした人に差し出す。
お庭で咲いた薔薇。
グランエスタードの、私のお庭で咲いていたの。
「まあ、私に?」
アイラは微笑んで私の贈り物を受け取ると、
それを漆黒の髪にさした。踊るように軽やか、流れるように自然な動作で。
「ありがとう。光栄ですわ、リーサ姫様。」
「リーサと呼んで下さい。アイラ、どうかまた立ち寄って下さいね。」
私は笑っていたと思う。
いつから笑えるようになっていたのかしら。こんなにはっきりと、お喋りもできるようになって。
頬は固く、言葉はいつも、音になる寸前に見失ってしまって、誰ともお話ができなかったわ。
何を言うつもりだったかしらと考えて、いつもそこで気づくの、
私の心の中は、からっぽだったこと。
何も言うことなんてなかったと。
そして私は沈黙した。深い深い、何もない暗い淵を見下ろし、呆然として………
アイラはにっこりと微笑んで、そして約束してくれた。
命を賭しての戦いなのに、きっぱりと明るい声で。
「ええ、必ずよ。リーサ。」
その笑顔の、
何てまばゆく、なつかしいことでしょう。
どうして心が、これほど満たされるのでしょう。
きっといつまでも、胸が温かいでしょう。
旅立ってしまっても、決して不安にならないの。
今宵、独りきりでバルコニーに佇んだ時にも、
私の捧げた薔薇の花ひとつ、
髪に飾ったあなたを、思い描くだけで。
――――――――――
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capriccio様
書きながら、女の子二人もいいなぁ、と思いました。
リーサはどんどん喋らなくなっていって、「やばい、病んでる…!」ってハラハラしたけど、
アイラが来てからは元気になって、ほっとしました。
まだ若いのでリーサにはこれから思う存分キャッキャしてほしいです!
こんなに咲いていたかしら……?
キーファお兄さまがいなくなってから、心には、
ぽっかりと大きな穴が開いてしまったみたいだった。
お父さまのためにも、
いつまでも気を落としていてはいけないと、わかっていたのだけれど……。
お兄さまは明るくて、冒険好きで、やさしくて、いつも私をかわいがってくれて。
ずっと一緒にいてくれるって思っていたの。
だから、アルスと冒険ごっこをしているのを、楽しそうねって思って、私はただ見守っていたの。
あとから冒険のお話を聞かせてもらうのが大好きだった。
愉快そうなお喋りを聞くひとときが、大好きだったの。
だけどお兄さまは急にいなくなった。そして私はお庭を見ることも、ずっと忘れていたのだわ。
大切にしていたお庭は少しだけ、荒れてしまった。
城の者が気を遣って世話をしてくれていても、持ち主の私が心をかけないのでは、花も萎れてしまうに決まっているわ。
けれど季節はめぐり、また花が咲く。
何年も、何十年も、
もしかしたら、何百年も続くのかも知れない。
そう、遠い昔から、ずっとこうして、咲いていたのよ……。
よく晴れた空、海のにおいのする風、気持ちいいなんて思ったの、いつぶりでしょう。
遠くに、アルスたちの姿が見えた。
お兄さまのいなくなったことを慰めてくれたガボ。
いつか初めて来た時には、何だかどんどんお兄さまが忘れられてしまう気がして、冷たくしてしまった、メルビン。
そしてひときわ目立つのは、真っ赤な服、真っ黒な髪をした、はつらつとした女の人。
アイラ……。
私は真紅の薔薇をひとつ摘んで、急いでアルスたちのところに走っていく。
間に合うかしら。まだ間に合うかしら。
旅急ぐアルスたち。まだ、翼を使わないで。魔法で飛んでいかないで。
「アイラ!」
細い靴が石畳にあたって、私は転びそうになる。
アイラはとても機敏、さっと駆け寄って私を支えてくれた。
「リーサ姫? どうなさったの?」
「ああ、アイラ! ありがとう、助けてくれて。」
薔薇の花、ひとつ、懐かしい瞳をした人に差し出す。
お庭で咲いた薔薇。
グランエスタードの、私のお庭で咲いていたの。
「まあ、私に?」
アイラは微笑んで私の贈り物を受け取ると、
それを漆黒の髪にさした。踊るように軽やか、流れるように自然な動作で。
「ありがとう。光栄ですわ、リーサ姫様。」
「リーサと呼んで下さい。アイラ、どうかまた立ち寄って下さいね。」
私は笑っていたと思う。
いつから笑えるようになっていたのかしら。こんなにはっきりと、お喋りもできるようになって。
頬は固く、言葉はいつも、音になる寸前に見失ってしまって、誰ともお話ができなかったわ。
何を言うつもりだったかしらと考えて、いつもそこで気づくの、
私の心の中は、からっぽだったこと。
何も言うことなんてなかったと。
そして私は沈黙した。深い深い、何もない暗い淵を見下ろし、呆然として………
アイラはにっこりと微笑んで、そして約束してくれた。
命を賭しての戦いなのに、きっぱりと明るい声で。
「ええ、必ずよ。リーサ。」
その笑顔の、
何てまばゆく、なつかしいことでしょう。
どうして心が、これほど満たされるのでしょう。
きっといつまでも、胸が温かいでしょう。
旅立ってしまっても、決して不安にならないの。
今宵、独りきりでバルコニーに佇んだ時にも、
私の捧げた薔薇の花ひとつ、
髪に飾ったあなたを、思い描くだけで。
――――――――――
お題はこちらのサイト様から頂きました
capriccio様
書きながら、女の子二人もいいなぁ、と思いました。
リーサはどんどん喋らなくなっていって、「やばい、病んでる…!」ってハラハラしたけど、
アイラが来てからは元気になって、ほっとしました。
まだ若いのでリーサにはこれから思う存分キャッキャしてほしいです!
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ゲーム大好きモル元です。
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。
シャークアイ、かっこいいよね!
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