ドラゴンクエスト7の小説ブログです。
9プレイ日記もあります。
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お題小説3のまとめです。
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はっと目覚めた瞬間から、夢見ていた光景は一斉に記憶から遠退いて行った。ほんの一秒前までの夢の世界が覚醒と同時に急速に逃げ去るのはよくある体験だけれど、霧消してゆくその光景から僕はかろうじてひとつのことだけ意識にとどめた。夢の僕は船に乗っていた。そしてその船は僕が毎日父とともに奔らせている故郷の漁船ではなく、キーファやマリベルと旅したあの懐かしい小さな船でもなく、あたかも海上の一王国のごとく聳える、あのマール・デ・ドラゴーン号だった。
真夜中の部屋は闇に満ち、色のない世界で、繰り返す波音ばかりが際立っていた。生まれた時からこの音に包まれて暮らしてきたのに、潮騒は安らぎではなくざわめきを僕の胸中に呼び起こした。波のリズムに心を和ませたのは旅をしていた頃だけだった。大海原に帆を立てながら、あるいは港に宿しながら、波の声は穏やかに優しく僕を迎えた。フィッシュベル育ちの大人達が親しみをこめて言う通り、まるで子守唄のように。
僕は汗ばんだベッドから抜け出し、足音を立てぬよう用心しながら階段を下りた。階下では父と母が何の心配事もなく安穏と眠っていた。父の寝息を背に僕は浜へと出た。
海は暗く、遠くに異国の船のあかりがちらついていた。点在するその光だけが、子供の頃見ていた景色と違う。昔、僕の知っていた夜の海にはたった一つの光もなかった。それなのによくも僕らは大人達の語る世界を疑い、ついに旅にまで出たものだ。こうして行き交う船を見ていると、改めて過去のキーファや僕、マリベルの行動に驚きを覚えた。何のしるべもなく波の向こうにまだ見ぬ大陸を夢見て、16歳の僕は身近にはキーファに唆され、そして遠く海の果てから運命に呼ばわれ、この村を離れた。
海を彩る光はどれもあの海賊船のものではなかった。僕でなくとも、マール・デ・ドラゴーンを一度でも見たことのある人であれば誰でも簡単にそう判断できるだろう。あの船がもし海上にいたのなら一目でそれと見分けられるに違いない。世界に比類ない、舳先から船尾までを飾る壮麗な明かりの列によって。
海のざわめきが僕に訴えていた。その焦燥感は子供の頃とちっとも変わらなかった。僕はエデンの使命を果たしてこの村に戻ってきたはずなのに、そして冒険を終えた僕のやるべきことはフィッシュベルの一人前の漁師になることだったはずなのに、打ち消せない落ち着かなさが僕の胸を揺らすのだ。海賊船は僕の初めてのアミット漁を心づくしの花火で見送って以来、一度もエスタードを訪れずにいた。僕は内心であの船を待ち続け、そして待っている間に、ここにいて来訪を期待する僕自身の臆病を恥じるようになっていた。いや、あの別れの日を思い出す限り、臆病というよりもそれはいっそ卑怯なのかもしれなかった。
船に残ると答えた僕にシャークアイは笑って言った。
いくら水の民の頼みだからといって、無理をしなくともよいと。
――そなたにはボルカノ殿という立派な父上がおいでだ。裏切ることはできまい。
――俺には、アルス殿の、その気持ちだけで十分だ。
僕は彼の目が、彼の言葉と同じことを語ってはいないと気付いていた。でも僕は彼の心の声が聞こえないふりをした。そうするように、彼によって仕向けられたから。その用意された優しい逃げ道に従い巨船をあとにした自分を振り返る時、僕は何とも言えない苦い気持ちに襲われる。幾度となく夢に見る似たような物語の詳細を覚えていなくても、真昼の太陽の下で激しい忍耐を見せた、あの人の姿が脳裏から去ることはなかった。
轟く波音が暗い海をかき混ぜていた。その瞬間、突然啓示のように僕はもう一つの彼の言葉を思い出した。はっと夢から醒めたように僕は呆然と海を見つめた。なぜ今まで忘れていたのか。立ちすくむ僕の目の前にはどこまでも闇色に広がり世界中に繋がる海があった。
別れを告げた後、彼が何と言ったのか。
どうか元気で。
そう言って彼は笑った。
そして、こう続けたのではなかったか。
――どうか元気で。また海のどこかで会うこともあるかもしれんな。
海底に沈む財宝が荒波にまぜ返されて浜に打ち上げられるように、僕の記憶のどこかに潜んでいた彼の言葉は急にその姿を現し、今、耳の奥に決して途切れぬ波音のごとく繰り返し響いていた。
海のどこかで。
彼はそう言ったのだ。
海のどこかで………
目覚めとともに儚く消え去る向こうの世界の記憶を取り戻すように、僕はその声を思い出していた。
いつしか水平線はほの白み、見分けにくくなっていく遠い船明かりに僕は目を凝らした。波打ちはシャークアイのいざないの声を孕み、どこまでも大きく僕の耳を打った。先程までの焦りに代わってじわりと熱い興奮が僕の胸を締め付けていた。猶予の時を経て、僕はようやく変わろうとしていた。フィッシュベルの浜から、近海を漁する船上から、僕はもうあの船を探すのをやめよう。この夜までの僕はシャークアイの言葉を封印し、そしてあの船が僕の近くに突如現れて連れ去ろうとする日が来るのではないかと恐れ、期待していた。それらが避けられない運命として僕の身の上に降りかかる日を待っていたのだ。だけど彼の言葉をすべて取り戻した今、漕ぎ出すのは僕の選択だった。再会の可能性はフィッシュベルの浜でもエスタードの海でもなく、無限に遠いこの海のどこかに約束されているのだから。
まもなく太陽が海の上に新しい光の道筋を描く時、僕を呼ぶ声に、今日こそ勇気ある答えを返せるのなら。
――――――――――
お題はこちらのサイト様から頂きました
期間限定様
真夜中の部屋は闇に満ち、色のない世界で、繰り返す波音ばかりが際立っていた。生まれた時からこの音に包まれて暮らしてきたのに、潮騒は安らぎではなくざわめきを僕の胸中に呼び起こした。波のリズムに心を和ませたのは旅をしていた頃だけだった。大海原に帆を立てながら、あるいは港に宿しながら、波の声は穏やかに優しく僕を迎えた。フィッシュベル育ちの大人達が親しみをこめて言う通り、まるで子守唄のように。
僕は汗ばんだベッドから抜け出し、足音を立てぬよう用心しながら階段を下りた。階下では父と母が何の心配事もなく安穏と眠っていた。父の寝息を背に僕は浜へと出た。
海は暗く、遠くに異国の船のあかりがちらついていた。点在するその光だけが、子供の頃見ていた景色と違う。昔、僕の知っていた夜の海にはたった一つの光もなかった。それなのによくも僕らは大人達の語る世界を疑い、ついに旅にまで出たものだ。こうして行き交う船を見ていると、改めて過去のキーファや僕、マリベルの行動に驚きを覚えた。何のしるべもなく波の向こうにまだ見ぬ大陸を夢見て、16歳の僕は身近にはキーファに唆され、そして遠く海の果てから運命に呼ばわれ、この村を離れた。
海を彩る光はどれもあの海賊船のものではなかった。僕でなくとも、マール・デ・ドラゴーンを一度でも見たことのある人であれば誰でも簡単にそう判断できるだろう。あの船がもし海上にいたのなら一目でそれと見分けられるに違いない。世界に比類ない、舳先から船尾までを飾る壮麗な明かりの列によって。
海のざわめきが僕に訴えていた。その焦燥感は子供の頃とちっとも変わらなかった。僕はエデンの使命を果たしてこの村に戻ってきたはずなのに、そして冒険を終えた僕のやるべきことはフィッシュベルの一人前の漁師になることだったはずなのに、打ち消せない落ち着かなさが僕の胸を揺らすのだ。海賊船は僕の初めてのアミット漁を心づくしの花火で見送って以来、一度もエスタードを訪れずにいた。僕は内心であの船を待ち続け、そして待っている間に、ここにいて来訪を期待する僕自身の臆病を恥じるようになっていた。いや、あの別れの日を思い出す限り、臆病というよりもそれはいっそ卑怯なのかもしれなかった。
船に残ると答えた僕にシャークアイは笑って言った。
いくら水の民の頼みだからといって、無理をしなくともよいと。
――そなたにはボルカノ殿という立派な父上がおいでだ。裏切ることはできまい。
――俺には、アルス殿の、その気持ちだけで十分だ。
僕は彼の目が、彼の言葉と同じことを語ってはいないと気付いていた。でも僕は彼の心の声が聞こえないふりをした。そうするように、彼によって仕向けられたから。その用意された優しい逃げ道に従い巨船をあとにした自分を振り返る時、僕は何とも言えない苦い気持ちに襲われる。幾度となく夢に見る似たような物語の詳細を覚えていなくても、真昼の太陽の下で激しい忍耐を見せた、あの人の姿が脳裏から去ることはなかった。
轟く波音が暗い海をかき混ぜていた。その瞬間、突然啓示のように僕はもう一つの彼の言葉を思い出した。はっと夢から醒めたように僕は呆然と海を見つめた。なぜ今まで忘れていたのか。立ちすくむ僕の目の前にはどこまでも闇色に広がり世界中に繋がる海があった。
別れを告げた後、彼が何と言ったのか。
どうか元気で。
そう言って彼は笑った。
そして、こう続けたのではなかったか。
――どうか元気で。また海のどこかで会うこともあるかもしれんな。
海底に沈む財宝が荒波にまぜ返されて浜に打ち上げられるように、僕の記憶のどこかに潜んでいた彼の言葉は急にその姿を現し、今、耳の奥に決して途切れぬ波音のごとく繰り返し響いていた。
海のどこかで。
彼はそう言ったのだ。
海のどこかで………
目覚めとともに儚く消え去る向こうの世界の記憶を取り戻すように、僕はその声を思い出していた。
いつしか水平線はほの白み、見分けにくくなっていく遠い船明かりに僕は目を凝らした。波打ちはシャークアイのいざないの声を孕み、どこまでも大きく僕の耳を打った。先程までの焦りに代わってじわりと熱い興奮が僕の胸を締め付けていた。猶予の時を経て、僕はようやく変わろうとしていた。フィッシュベルの浜から、近海を漁する船上から、僕はもうあの船を探すのをやめよう。この夜までの僕はシャークアイの言葉を封印し、そしてあの船が僕の近くに突如現れて連れ去ろうとする日が来るのではないかと恐れ、期待していた。それらが避けられない運命として僕の身の上に降りかかる日を待っていたのだ。だけど彼の言葉をすべて取り戻した今、漕ぎ出すのは僕の選択だった。再会の可能性はフィッシュベルの浜でもエスタードの海でもなく、無限に遠いこの海のどこかに約束されているのだから。
まもなく太陽が海の上に新しい光の道筋を描く時、僕を呼ぶ声に、今日こそ勇気ある答えを返せるのなら。
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期間限定様
オルゴ・デミーラはレベル90の壁を破り、それなりに順調に討伐を進めています。ここまで来たらデミーラの最後の姿を見てみたい。最後はエスタード装備で撃破したいですが、必死装備でないと戦えないので、なりふり構わないセンスの装備をしています。
>13日 ビーチの方
コメントありがとうございます。小説まで読んで頂けて嬉しいです。9は主人公のキャラの自由度が高く、小説を書くとき色々不確定のままで場面が伝えられるかな?と心配していたので、気に入って頂けてとても嬉しいです。バシルーラ、懐かしいですね! 9ではバシルーラはないけれど、オルゴデミーラ戦で全滅してセントシュタインの教会に戻されることは頻繁で、強制ルーラ状態です。
ほんとに寒くなりましたね。モル元の住んでいるあたりは雪はなかなか降りませんが、そちらでは初雪になりましたでしょうか。暖かくしてドラクエ9遊んで下さいね! モル元
>13日 ビーチの方
コメントありがとうございます。小説まで読んで頂けて嬉しいです。9は主人公のキャラの自由度が高く、小説を書くとき色々不確定のままで場面が伝えられるかな?と心配していたので、気に入って頂けてとても嬉しいです。バシルーラ、懐かしいですね! 9ではバシルーラはないけれど、オルゴデミーラ戦で全滅してセントシュタインの教会に戻されることは頻繁で、強制ルーラ状態です。
ほんとに寒くなりましたね。モル元の住んでいるあたりは雪はなかなか降りませんが、そちらでは初雪になりましたでしょうか。暖かくしてドラクエ9遊んで下さいね! モル元
サンディクエスト続きです
プレイ日記も50枚目になりました!
読んで下さる方々、ありがとうございます。
配信クエストのサンディシリーズです。
読んで下さる方々、ありがとうございます。
配信クエストのサンディシリーズです。
空は晴れ渡り、まばゆい日差しが磨かれた甲板を照らし、マール・デ・ドラゴーンの高い帆柱や船上の建築物の影をくっきりと描き出していた。
カデルは舵を離れ、片腕で日差しを遮りながら船室へ向かった。
労働する水夫たちにとってこの陽気は肉体の疲労を早めるものであるはずだが、船の誰も、嫌そうな顔ひとつしていない。空一面に禍々しい暗雲が広がり人々を圧迫していた時代に比べ、今の青天にはその彼方に神が住まうと確信できる突き抜けた明瞭さがあるからだ。
だが今この賑やかなる巨大船の中で、ただ一人虚無感に身を浸し、空を見上げようともしない男がいるのだった。
「旦那、入りますぜ。」
部屋に入ると、屋外との落差でカデルの視界はしばらく真っ暗になり、それから黄や赤の光の幻がちらついた。窓を開ければいくらでも採光出来る日なのに、閉ざされたカーテンの隙間から差し込む光のほかに人工の明かりが二、三灯されていた。浪費を戒めるシャークアイらしくもない。当人は入浴中で、彼の傍に置かれた蝋燭の光に、衣服をまとわぬ肩が白く浮かび上がっていた。あたりに漂うほのかな花の香すら憂鬱さを募らせていた。外の暖かな潮風のほうが格段に素晴らしく、幸福に満ちている。
「…カデルか。」
「木戸を開けましょう。」
主人が今日ことさら覇気なく部屋に引き籠っている理由は、目的地フォロッドまでの海路にエスタードがあるからに違いなかった。アルスと別れてから、かの地に寄港することをシャークアイは嫌った。会いたくないのではなく、本心ではとても会いたいのだろう。同時に、あの村には行きたくないという気持ちもカデルにはよく分かり、深く同情していた。シャークアイは海図の上に示されたラインを見たとき、わずかに顔をしかめたが何も言わなかった。そしてその時からマール・デ・ドラゴーンのよき船長は最短の海路がエスタードを通過する以上は当然そこで補給すべきであると判断したし、さらには船員たちの多くが懐かしい村の面々との再会を望んでいることを鑑みて、あの漁村にも挨拶に行くべきと考えているのだった。呆れた話だ、妙なところで甘えを見せたり、些細なわがままを言うくせ、自戒は誰よりも強く立場ばかり守り、おのれの魂を危険にさらすことを拒めないのだ。民の誰も、主人の心を痛めることなど望んでいないというのに。カデルはエスタードを迂回して不自然でないルートをすでに決めていた。海上の十字路を南に舵取り、行く先で荷の取引、買い入れのひとつでもすれば、誰も文句など言いはしない。
カデルは蝋燭を手に取り、窓に近づいた。シャークアイはそれを喜びもしなかったが、制止もしなかった。
大きな窓を塞いでいた木製の覆いを外すと、綺麗に拭われたガラス越しに、カデルの思った通り目の眩むほどの陽光が降り注いだ。振り返ると、半身を湯に沈めた主人の身体は太陽をいっぱいに受け止め、光の輪を湛えた黒髪や、若く健康な筋肉を纏う裸の胸はいかにも美しかった。どの神話の勇者に劣るというのだろう。カデルは不要となった手の中の蝋燭を吹き消し、再び目を細めてシャークアイを眺めた。
シャークアイは湯の外に投げ出していた腕をふと引っ込めて水中に沈めた。無造作を演じようとしてそれに失敗していたが、カデルは勿論、誰であれ咎めはしないのだから、その腕を人目から隠す必要はないのだ。すべて主人の思い過ごしでしかなく、彼の身体の上に恥じるべき罪や過失のしるし、あるいは欠落のあかしなどなかった。カデルは不必要なその所作より、そのために彼を包む湯のおもてがゆらめき、キラキラと輝くさまに目を奪われた。かつて太陽に向かって憂いない喜びの笑顔を返していたシャークアイは、行き場ない視線を迷わせてから俯き、凛々しい眉と伏せた睫に、屈辱と失望を漂わせていた。
「眩しいですなあ」
カデルが気楽な声をかけると、返事の代わりに小さな水音が返った。
なぜ気付かないのだろうか。シャークアイに宿る優美や勇敢は、彼自身に由来するものであり、ずっと昔から今も彼の内側に存在し続け、決して失われはしないということに。
彼自身だけが気付けないでいるのだ。そして自らを苛むのだ。何をなくしたと言って、十分に立派な一人の男が、感じる必要のない罪悪感に身じろぎするのだろう。その腕に宿していた精霊の力が彼から去っても、彼に仕える民の心は微塵も変わらない。人望や様々な彼の美徳、今はどこかに隠れてしまった朗らかさ、そして一個の命ある人間としての力、どれも抜け落ちてなどいなかった。その当たり前のことに、一体いつになったら、われらの主人は気付くのだろうか。
シャークアイは心持ち顔を傾けて目を上げ、逆光のために影ばかりになったカデルの姿を暫しぼんやりと眺めていたが、急にばつの悪そうな顔をして横を向いた。自分だけが真昼の光のもとに曝され、カデルの眼に観察されていたことに今になって思い至ったらしかった。日頃総領として民の上に立つシャークアイの心の動きは分かりにくいようでいて、時にこうしてほとんど何も包み隠さず見通せることがあった。こういう時カデルはシャークアイに対して、長年仕えた主人とはいえ、年若い者を見守る年長者が感じるような一種のいとおしさを覚えずにいられなかった。
「いい天気ですな。波もいい。」
「…今夜にはエスタードに着くか。」
「いえ、夕にダーマの港に着きまさ。そこから西回りに島沿いに進めて、コスタール、フォロッド。」
「……ダーマを? まっすぐ東に行くはずではなかったか? 南下する予定ではなかっただろう。」
「積みてえ荷もあるんで。コスタールを通ってフォロッドに行くのは予定通りですし日数も変わらねえ。構わんでしょう?」
シャークアイは呆然としてカデルを見た。カデルは出来ることなら正直に、エスタードは迂回しますから、まあ心配しねえでいてくだせえよ、と言ってやりたかったが、それは言わないほうがいいだろうと考えて沈黙した。はじめは困惑が、次第に安堵が主人の胸を満たし、張りつめた神経が和らいでいく気配がカデルにも伝わった。この人は生まれ変わったと感じたことがないのだろうとカデルは思う。それだけのことだ。いつか、新しく与えられた人生を生きるのだと感じられた時、彼は自分が何も失っていないことに気付くだろう。そうして目先の苦痛が不定期に先延ばしにされた者の不安げに浅い吐息ではない、本当に安らかなため息をつき、何をも恐れないあの明るい笑顔を取り戻すだろう。
カデル自身は今までに二度、自分を取り巻く世界が新しくなる、あの特別な体験をしていた。そのどちらも主人がもたらしたものだ、カデルは彼にどれだけ尽くしても返せない恩を感じていた。一度目は初めて出会った時、カデルの生きる世界は彼のいない世界から彼のいる世界へとまばゆい変革を遂げた。彼に従って魔王軍を前に命を散らし、そして数百年に及んだという眠りから呼び戻された時のあの目覚めは、二度目の生まれ変わりだった。
カデルの知るそれらはいずれも、ある瞬間を境に一変するという性質ではなく、一時期を費やし、ゆるやかに起こったものだった。同様に、シャークアイにも時間が必要なのだとカデルは思う。ちょうどあでやかな花がひらくまでに、蕾がゆっくりと頭をもたげ、固く巻いた花弁を少しずつ外気にさらしていくように。ある日シャークアイは自分が既に生まれ変わっていたことに気づき、そして新しい日々を生きる喜びを見出すだろう。その時までカデルは出来るだけ優しい存在として、主人の傍に控えていたかった。
――――――――――
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「Scorpion」様
カデルは舵を離れ、片腕で日差しを遮りながら船室へ向かった。
労働する水夫たちにとってこの陽気は肉体の疲労を早めるものであるはずだが、船の誰も、嫌そうな顔ひとつしていない。空一面に禍々しい暗雲が広がり人々を圧迫していた時代に比べ、今の青天にはその彼方に神が住まうと確信できる突き抜けた明瞭さがあるからだ。
だが今この賑やかなる巨大船の中で、ただ一人虚無感に身を浸し、空を見上げようともしない男がいるのだった。
「旦那、入りますぜ。」
部屋に入ると、屋外との落差でカデルの視界はしばらく真っ暗になり、それから黄や赤の光の幻がちらついた。窓を開ければいくらでも採光出来る日なのに、閉ざされたカーテンの隙間から差し込む光のほかに人工の明かりが二、三灯されていた。浪費を戒めるシャークアイらしくもない。当人は入浴中で、彼の傍に置かれた蝋燭の光に、衣服をまとわぬ肩が白く浮かび上がっていた。あたりに漂うほのかな花の香すら憂鬱さを募らせていた。外の暖かな潮風のほうが格段に素晴らしく、幸福に満ちている。
「…カデルか。」
「木戸を開けましょう。」
主人が今日ことさら覇気なく部屋に引き籠っている理由は、目的地フォロッドまでの海路にエスタードがあるからに違いなかった。アルスと別れてから、かの地に寄港することをシャークアイは嫌った。会いたくないのではなく、本心ではとても会いたいのだろう。同時に、あの村には行きたくないという気持ちもカデルにはよく分かり、深く同情していた。シャークアイは海図の上に示されたラインを見たとき、わずかに顔をしかめたが何も言わなかった。そしてその時からマール・デ・ドラゴーンのよき船長は最短の海路がエスタードを通過する以上は当然そこで補給すべきであると判断したし、さらには船員たちの多くが懐かしい村の面々との再会を望んでいることを鑑みて、あの漁村にも挨拶に行くべきと考えているのだった。呆れた話だ、妙なところで甘えを見せたり、些細なわがままを言うくせ、自戒は誰よりも強く立場ばかり守り、おのれの魂を危険にさらすことを拒めないのだ。民の誰も、主人の心を痛めることなど望んでいないというのに。カデルはエスタードを迂回して不自然でないルートをすでに決めていた。海上の十字路を南に舵取り、行く先で荷の取引、買い入れのひとつでもすれば、誰も文句など言いはしない。
カデルは蝋燭を手に取り、窓に近づいた。シャークアイはそれを喜びもしなかったが、制止もしなかった。
大きな窓を塞いでいた木製の覆いを外すと、綺麗に拭われたガラス越しに、カデルの思った通り目の眩むほどの陽光が降り注いだ。振り返ると、半身を湯に沈めた主人の身体は太陽をいっぱいに受け止め、光の輪を湛えた黒髪や、若く健康な筋肉を纏う裸の胸はいかにも美しかった。どの神話の勇者に劣るというのだろう。カデルは不要となった手の中の蝋燭を吹き消し、再び目を細めてシャークアイを眺めた。
シャークアイは湯の外に投げ出していた腕をふと引っ込めて水中に沈めた。無造作を演じようとしてそれに失敗していたが、カデルは勿論、誰であれ咎めはしないのだから、その腕を人目から隠す必要はないのだ。すべて主人の思い過ごしでしかなく、彼の身体の上に恥じるべき罪や過失のしるし、あるいは欠落のあかしなどなかった。カデルは不必要なその所作より、そのために彼を包む湯のおもてがゆらめき、キラキラと輝くさまに目を奪われた。かつて太陽に向かって憂いない喜びの笑顔を返していたシャークアイは、行き場ない視線を迷わせてから俯き、凛々しい眉と伏せた睫に、屈辱と失望を漂わせていた。
「眩しいですなあ」
カデルが気楽な声をかけると、返事の代わりに小さな水音が返った。
なぜ気付かないのだろうか。シャークアイに宿る優美や勇敢は、彼自身に由来するものであり、ずっと昔から今も彼の内側に存在し続け、決して失われはしないということに。
彼自身だけが気付けないでいるのだ。そして自らを苛むのだ。何をなくしたと言って、十分に立派な一人の男が、感じる必要のない罪悪感に身じろぎするのだろう。その腕に宿していた精霊の力が彼から去っても、彼に仕える民の心は微塵も変わらない。人望や様々な彼の美徳、今はどこかに隠れてしまった朗らかさ、そして一個の命ある人間としての力、どれも抜け落ちてなどいなかった。その当たり前のことに、一体いつになったら、われらの主人は気付くのだろうか。
シャークアイは心持ち顔を傾けて目を上げ、逆光のために影ばかりになったカデルの姿を暫しぼんやりと眺めていたが、急にばつの悪そうな顔をして横を向いた。自分だけが真昼の光のもとに曝され、カデルの眼に観察されていたことに今になって思い至ったらしかった。日頃総領として民の上に立つシャークアイの心の動きは分かりにくいようでいて、時にこうしてほとんど何も包み隠さず見通せることがあった。こういう時カデルはシャークアイに対して、長年仕えた主人とはいえ、年若い者を見守る年長者が感じるような一種のいとおしさを覚えずにいられなかった。
「いい天気ですな。波もいい。」
「…今夜にはエスタードに着くか。」
「いえ、夕にダーマの港に着きまさ。そこから西回りに島沿いに進めて、コスタール、フォロッド。」
「……ダーマを? まっすぐ東に行くはずではなかったか? 南下する予定ではなかっただろう。」
「積みてえ荷もあるんで。コスタールを通ってフォロッドに行くのは予定通りですし日数も変わらねえ。構わんでしょう?」
シャークアイは呆然としてカデルを見た。カデルは出来ることなら正直に、エスタードは迂回しますから、まあ心配しねえでいてくだせえよ、と言ってやりたかったが、それは言わないほうがいいだろうと考えて沈黙した。はじめは困惑が、次第に安堵が主人の胸を満たし、張りつめた神経が和らいでいく気配がカデルにも伝わった。この人は生まれ変わったと感じたことがないのだろうとカデルは思う。それだけのことだ。いつか、新しく与えられた人生を生きるのだと感じられた時、彼は自分が何も失っていないことに気付くだろう。そうして目先の苦痛が不定期に先延ばしにされた者の不安げに浅い吐息ではない、本当に安らかなため息をつき、何をも恐れないあの明るい笑顔を取り戻すだろう。
カデル自身は今までに二度、自分を取り巻く世界が新しくなる、あの特別な体験をしていた。そのどちらも主人がもたらしたものだ、カデルは彼にどれだけ尽くしても返せない恩を感じていた。一度目は初めて出会った時、カデルの生きる世界は彼のいない世界から彼のいる世界へとまばゆい変革を遂げた。彼に従って魔王軍を前に命を散らし、そして数百年に及んだという眠りから呼び戻された時のあの目覚めは、二度目の生まれ変わりだった。
カデルの知るそれらはいずれも、ある瞬間を境に一変するという性質ではなく、一時期を費やし、ゆるやかに起こったものだった。同様に、シャークアイにも時間が必要なのだとカデルは思う。ちょうどあでやかな花がひらくまでに、蕾がゆっくりと頭をもたげ、固く巻いた花弁を少しずつ外気にさらしていくように。ある日シャークアイは自分が既に生まれ変わっていたことに気づき、そして新しい日々を生きる喜びを見出すだろう。その時までカデルは出来るだけ優しい存在として、主人の傍に控えていたかった。
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HN:
モル元
性別:
女性
自己紹介:
ゲーム大好きモル元です。
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。
シャークアイ、かっこいいよね!
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。
シャークアイ、かっこいいよね!
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