ドラゴンクエスト7の小説ブログです。
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1月15日配信のリッカの宿のスペシャルゲスト!
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「キャプテン! あれ、いねえですか、シャークアイさま?」
割れた声とともにドアを開かれ、シャークアイは見入っていた卓上の地図から顔を上げた。ノックを忘れていたが、来た男がボロンゴだと分かるとシャークアイは咎めなかった。
「どうした、ボロンゴ?」
「あのー、コスタールのお偉いさんが船に上がってまさあ。キャプテンと約束してたとかで。」
「ああ」
シャークアイは丸窓から外を見た。今日はコスタールの大臣たちが武器庫の視察に来る予定だった。が、それは昼過ぎ遅く、マール・デ・ドラゴーンの夕刻の出航前と約束していたはずだ。窓の外の光は今がまだ昼前であることをはっきり伝えていた。
「大分早いな。何か言っていたか?」
「いえ、何も。あの、キャプテン、お休み中でしたか?」
ボロンゴは気遣う声で尋ねた。シャークアイが船長室ではなく、そのすぐ奥にある私室のほうにいたからだろう。ここはキャプテンが休憩や睡眠をとったり、ひとりで考え事をする場所なのだ。
「待ってもらいましょうか?」
「いや、構わん。すぐ行くと伝えてくれ。」
シャークアイはコスタール近海の地図に戦歴を書き入れていたところだった。大臣たちが来る前に仕上げて城に戻る彼らに託せば、夜、船が港に帰るまでに王がそれを確認しておけると思ったのだが。
仕方ない、
地図は今夜直接王に渡そう。
時間が足りなければ、明日、委細を相談すればいい。
シャークアイは気を取り直し、地図を畳んで棚に戻した。
「すみません、伝言はしてえんですけど、おれ、カデル様にも呼ばれてるんですが…」
「そうか。じゃあいいよ、このまま行くから。ありがとう、ボロンゴ。一緒に出よう」
シャークアイはマントを手に取り、ボロンゴに続いてドアをくぐろうとしたが、間近にボロンゴの顔を見てふと足をとめた。
「…お前、何だか顔色が悪いな。どうかしたのか。」
「え?」
ボロンゴは間の抜けた顔をしてシャークアイを見た。
シャークアイはその顎を手に取って、正面からじっと観察した。
「どこか具合が悪いか。」
「いえ、全然。いつも通りでさ。」
「朝飯は食ったか?」
「食いましたよ。でも、今日の昼はまだでさ。腹減ってるから、そのせいじゃねえですか」
「そうか。」
シャークアイはボロンゴの顎から手を放すと、血の気の薄い頬を、手のひらで軽く叩いてやった。ボロンゴはシャークアイに気にかけられたことが嬉しいのか、浮いた足取りで後ろに従った。シャークアイが肩越しにちらりと振り返ると、本人に自覚はないようだが、やはり疲労しているように見えた。
「そうか。カデルのやつが、お前をこき使っているのだな。」
シャークアイがそう呟くと、ボロンゴは慌てて手を振った。
「そんなこたないです! カデル様のほうがよっぽど働いてんですが。」
ボロンゴは昔からよく働いたが、それは人より多く働くという意味ではなく、同じ仕事をするにも、人より多くの時間がかかるためだった。しかし生来の心根の誠実さ、優しさは誰にも劣らなかった。そのためにシャークアイは彼を深く信頼し、船に出入りする客人の受け入れなど重要な仕事を任せているのだが、カデルもまた彼を気に入って細々した仕事から伝令までをさせ、時には舵を教えようともしていた。昔はそれでもよかったが、コスタールに身を寄せた今、与えられた仕事を次々捌いていくということの出来ぬボロンゴにとっては多忙すぎるのだろう。
船長室のドアの前から甲板を見下ろすと、休んでいる連中はわずかで、武器の手入れをする者、持ち場の具合を確かめる者が目立っていた。コスタールを訪れる前は、誰も彼も生活のため以外にはろくに働かず、残りの時間は遊び暮らしていたものだ。
今のマール・デ・ドラゴーンは近海の魔物を蹴散らし、行き交う船を護衛し、陸の兵たちに海での戦い方を教えていた。今日も明日も、やることはいくらでもある。自由気ままに海をさすらっていた荒くれ者たちの生活はもはやなく、機敏とはおよそ逆の性質のボロンゴがあちらへ、こちらへと休む間もなく船じゅうを走り回っていた。水夫たちは時間を見つけて交互に食事をとるようになり、指示されたわけでもないのに、休みの日以外は酒の量を減らした。
しかし不満を言う者はひとりとしていなかった。かつての暮らしぶりを失った代わりに、水の民は人間のために戦うという大きな目的を持ったのだ。はるかな昔、祖先が精霊から与えられた力を役立てる時が来た。使命を悟ったマール・デ・ドラゴーンには、かつて知らぬ充実感が満ち満ちているようだった。
ボロンゴの顔も、以前に比べてすっかり引き締まってしまった。彼もやはりこの船や他の船員たちと同様、全身の骨に目に見えぬ信念のはがねを添わせたかのような、逞しく迷いない佇まいをしていた。顔立ちは戦士のそれだ。一族はすべて、大いなる水の精霊から遣わされた戦士たちなのだ。
「ボロンゴ、俺も昼飯はまだなんだ。大臣たちが戻られたら一緒に飯にしないか?」
シャークアイがそう言って誘うと、ボロンゴはぱっと表情を明るくして頷いた。
「へえ、じゃあ、急いで仕事すませてきまさあ!」
「いや、俺は当分大臣方のお相手をしているから、そう慌てなくてもいい。」
「じゃ、終わったら舵のとこで総領が出てくるの待ってまさ。」
「そうしてくれ。」
ボロンゴは懐いた犬のようにシャークアイの後を追った。
「総領と飯食うの、久しぶりですなあ!」
「そうだな」
今日の飯、何だろうなあ、と嬉しそうに言うボロンゴの声が聞こえて、シャークアイは微笑した。どんな時も飯の話で元気になる、海の男らしい単純さ、明朗さが好きだ。一族によく見られる、くるくると渦を巻いた短い黒髪に手を伸ばして軽く愛撫してやってから、バルコニーの柵を飛び越えて甲板に降りた。
「キャプテン!」
「シャークアイ様ぁ!」
方々から挨拶が聞こえる中を、シャークアイはあたりの様子を簡単に点検しながら船首のほうへと歩いて行った。帆柱の向こうに、城からやってきた大臣たちが立ち並び、船長の登場を待っていた。
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
割れた声とともにドアを開かれ、シャークアイは見入っていた卓上の地図から顔を上げた。ノックを忘れていたが、来た男がボロンゴだと分かるとシャークアイは咎めなかった。
「どうした、ボロンゴ?」
「あのー、コスタールのお偉いさんが船に上がってまさあ。キャプテンと約束してたとかで。」
「ああ」
シャークアイは丸窓から外を見た。今日はコスタールの大臣たちが武器庫の視察に来る予定だった。が、それは昼過ぎ遅く、マール・デ・ドラゴーンの夕刻の出航前と約束していたはずだ。窓の外の光は今がまだ昼前であることをはっきり伝えていた。
「大分早いな。何か言っていたか?」
「いえ、何も。あの、キャプテン、お休み中でしたか?」
ボロンゴは気遣う声で尋ねた。シャークアイが船長室ではなく、そのすぐ奥にある私室のほうにいたからだろう。ここはキャプテンが休憩や睡眠をとったり、ひとりで考え事をする場所なのだ。
「待ってもらいましょうか?」
「いや、構わん。すぐ行くと伝えてくれ。」
シャークアイはコスタール近海の地図に戦歴を書き入れていたところだった。大臣たちが来る前に仕上げて城に戻る彼らに託せば、夜、船が港に帰るまでに王がそれを確認しておけると思ったのだが。
仕方ない、
地図は今夜直接王に渡そう。
時間が足りなければ、明日、委細を相談すればいい。
シャークアイは気を取り直し、地図を畳んで棚に戻した。
「すみません、伝言はしてえんですけど、おれ、カデル様にも呼ばれてるんですが…」
「そうか。じゃあいいよ、このまま行くから。ありがとう、ボロンゴ。一緒に出よう」
シャークアイはマントを手に取り、ボロンゴに続いてドアをくぐろうとしたが、間近にボロンゴの顔を見てふと足をとめた。
「…お前、何だか顔色が悪いな。どうかしたのか。」
「え?」
ボロンゴは間の抜けた顔をしてシャークアイを見た。
シャークアイはその顎を手に取って、正面からじっと観察した。
「どこか具合が悪いか。」
「いえ、全然。いつも通りでさ。」
「朝飯は食ったか?」
「食いましたよ。でも、今日の昼はまだでさ。腹減ってるから、そのせいじゃねえですか」
「そうか。」
シャークアイはボロンゴの顎から手を放すと、血の気の薄い頬を、手のひらで軽く叩いてやった。ボロンゴはシャークアイに気にかけられたことが嬉しいのか、浮いた足取りで後ろに従った。シャークアイが肩越しにちらりと振り返ると、本人に自覚はないようだが、やはり疲労しているように見えた。
「そうか。カデルのやつが、お前をこき使っているのだな。」
シャークアイがそう呟くと、ボロンゴは慌てて手を振った。
「そんなこたないです! カデル様のほうがよっぽど働いてんですが。」
ボロンゴは昔からよく働いたが、それは人より多く働くという意味ではなく、同じ仕事をするにも、人より多くの時間がかかるためだった。しかし生来の心根の誠実さ、優しさは誰にも劣らなかった。そのためにシャークアイは彼を深く信頼し、船に出入りする客人の受け入れなど重要な仕事を任せているのだが、カデルもまた彼を気に入って細々した仕事から伝令までをさせ、時には舵を教えようともしていた。昔はそれでもよかったが、コスタールに身を寄せた今、与えられた仕事を次々捌いていくということの出来ぬボロンゴにとっては多忙すぎるのだろう。
船長室のドアの前から甲板を見下ろすと、休んでいる連中はわずかで、武器の手入れをする者、持ち場の具合を確かめる者が目立っていた。コスタールを訪れる前は、誰も彼も生活のため以外にはろくに働かず、残りの時間は遊び暮らしていたものだ。
今のマール・デ・ドラゴーンは近海の魔物を蹴散らし、行き交う船を護衛し、陸の兵たちに海での戦い方を教えていた。今日も明日も、やることはいくらでもある。自由気ままに海をさすらっていた荒くれ者たちの生活はもはやなく、機敏とはおよそ逆の性質のボロンゴがあちらへ、こちらへと休む間もなく船じゅうを走り回っていた。水夫たちは時間を見つけて交互に食事をとるようになり、指示されたわけでもないのに、休みの日以外は酒の量を減らした。
しかし不満を言う者はひとりとしていなかった。かつての暮らしぶりを失った代わりに、水の民は人間のために戦うという大きな目的を持ったのだ。はるかな昔、祖先が精霊から与えられた力を役立てる時が来た。使命を悟ったマール・デ・ドラゴーンには、かつて知らぬ充実感が満ち満ちているようだった。
ボロンゴの顔も、以前に比べてすっかり引き締まってしまった。彼もやはりこの船や他の船員たちと同様、全身の骨に目に見えぬ信念のはがねを添わせたかのような、逞しく迷いない佇まいをしていた。顔立ちは戦士のそれだ。一族はすべて、大いなる水の精霊から遣わされた戦士たちなのだ。
「ボロンゴ、俺も昼飯はまだなんだ。大臣たちが戻られたら一緒に飯にしないか?」
シャークアイがそう言って誘うと、ボロンゴはぱっと表情を明るくして頷いた。
「へえ、じゃあ、急いで仕事すませてきまさあ!」
「いや、俺は当分大臣方のお相手をしているから、そう慌てなくてもいい。」
「じゃ、終わったら舵のとこで総領が出てくるの待ってまさ。」
「そうしてくれ。」
ボロンゴは懐いた犬のようにシャークアイの後を追った。
「総領と飯食うの、久しぶりですなあ!」
「そうだな」
今日の飯、何だろうなあ、と嬉しそうに言うボロンゴの声が聞こえて、シャークアイは微笑した。どんな時も飯の話で元気になる、海の男らしい単純さ、明朗さが好きだ。一族によく見られる、くるくると渦を巻いた短い黒髪に手を伸ばして軽く愛撫してやってから、バルコニーの柵を飛び越えて甲板に降りた。
「キャプテン!」
「シャークアイ様ぁ!」
方々から挨拶が聞こえる中を、シャークアイはあたりの様子を簡単に点検しながら船首のほうへと歩いて行った。帆柱の向こうに、城からやってきた大臣たちが立ち並び、船長の登場を待っていた。
お題はこちらのサイト様から頂きました
http://odai.ninja-x.jp/title/index.html
年末~年始、拍手下さった方々ありがとうございます。
>ビーチ様
あけましておめでとうございます! ビーチ様もお身体もう大丈夫でしょうか。みかん、美味しいですよね。モル元は果物が好きで、みかんなどはあればいくらでも食べます。
クリスマス小説、読んで下さってありがとうございます。聖おにいさん大好きです。よしや君ケーキでパーティをしたのは一昨年のクリスマスで、チョコレートの板に字を書く時、失敗するのが怖くて随分緊張して、えいやっと書いたことが懐かしいです。その時お招きした友人の一人が携帯で写真を撮ってくれていたのでUPしておきますね。
2010年がビーチ様にとってよい一年となりますように。本年もよろしくお願いします。モル元
>ビーチ様
あけましておめでとうございます! ビーチ様もお身体もう大丈夫でしょうか。みかん、美味しいですよね。モル元は果物が好きで、みかんなどはあればいくらでも食べます。
クリスマス小説、読んで下さってありがとうございます。聖おにいさん大好きです。よしや君ケーキでパーティをしたのは一昨年のクリスマスで、チョコレートの板に字を書く時、失敗するのが怖くて随分緊張して、えいやっと書いたことが懐かしいです。その時お招きした友人の一人が携帯で写真を撮ってくれていたのでUPしておきますね。
2010年がビーチ様にとってよい一年となりますように。本年もよろしくお願いします。モル元
水平線に灼熱の溶岩のような陽光が溢れ出た瞬間、海賊たちは一斉に歓声を上げた。甲板の方々で抱擁や挨拶や口づけが交わされ、楽隊が弦の張りを確かめる音を鳴らし始め、やがて沢山の料理が船の厨房から続々運び出された。打楽器の軽快なリズムに、なみなみと注がれたグラスをぶつけ合う賑やかな音が混じる。
「新年おめでとうございます、アルス様!!」
「マリベル様! マリベル様によい年となりますよう!」
海賊たちはアルスやマリベルのもとにも駆け寄り、次々に握手を求めた。甲板の上に満ちたまばゆい黄金の陽光はすぐに早朝の白い光になり、澄んだ水のような青をした空の下、人々は四重の円の形に並んだ。やがてワルツが始まり、一人の若い男が、「踊ろう、兄弟たち!」と声を上げ、それに答える明るい声があちらこちらから聞こえた。
「これがマール・デ・ドラゴーンの新年なのね。すっごく賑やかなのね」
無意識にアルスの袖をつかんだまま、マリベルはうきうきした声で叫んだ。ボロンゴがやってきて、アルスたちの手を取った。
「アルス様、マリベル様、踊りましょうや。今日この日、船にいる人は皆家族ですよ!」
「ええと、僕…」
アルスは困ってボロンゴの顔を見た。その背中の向こうでは人々が軽やかなステップを踏んでいた。
「僕、その、踊れなくて…」
「はは、そんなの、あっしも踊れませんや! ほら、内側の輪に入ればいいんでさ。うまく踊っているのは外側の輪だけで。」
言われてよく見てみると、大きな対の輪の中にもう一組の組み合わせがあって、同じ音楽に合わせていても、様子は異なっていた。外側の輪では向かい合った人々が手を取り合い、寄っては離れ、腕のアーチを潜り、そして次の相手に移っていたが、内側の連中は決まったステップを踏むわけでもなく、ただ次から次に抱擁や口づけを交わして、あとはくるくると楽しそうに回っているだけだった。
「なあんだ、中のほうでは踊っていないのね! あたしは踊りたいわ!」
「それがいいでしょう、マリベル様ならすぐ覚えられますよ。」
「当然よ! アルス、あんたはとろいから、最初は内側の輪にいなさいよ。心配しなくたって、あたしが先に覚えて、あんたに教えてあげるわよ。」
マリベルはさっさと外側の輪に混じり、向かい合った若い水夫に、見よう見まねで綺麗なお辞儀をしていた。恭しく差し出された手に手を重ねる仕草は、もう踊り方の全部をすっかり知っているかのようだった。マリベルは本当に自信家だなあ、と思っていると、ボロンゴがアルスの手を引いた。
「さ、アルス様はあっしらと中で楽しみましょうや!」
人の群をすり抜けて輪の中に混じるとすぐ、目の前の誰かの腕に荒っぽく抱きしめられ、潮に割れた声で、「新年おめでとう!」と叫ばれた。
「あ、新年、おめでとうございます。」
アルスは海賊の腕の中で答えた。そのたどたどしさに海賊は笑顔をこぼした。彼らの分厚い胸や肩は、子供の頃自分を抱きしめてくれたフィッシュベルの父ボルカノや他の漁師たちとあまり変わらないとアルスは感じた。同じ海に生きる者の特徴なのだろう。
今日この日、船にいる人は皆家族ですよ――
日頃の海賊たちはアルスをあくまで客人として扱い、どんなに気さくに話をしても、肩にも背にも触れようとしなかった。長く共に船旅をして、時には共に戦いもする。しかしどれほど打ち解けても、同じ年頃かそれ以下の少年たちはともかく、大人たちからは敬称なしに呼ばれることはなかった。「アルス様」、と呼ばれるたびに落ち着かない気がした。訪れた先の国や都市でそう呼ばれることはたびたびあったけれど、マール・デ・ドラゴーンの海賊たちとは、同じ船の上で生活をともにしているはずなのに。総領シャークアイが範を示しているのだ。この船で最も地位の高いシャークアイが、ずっと年下の自分に対してどういうわけか躊躇なく跪くせいで、彼に倣う海賊たちは礼儀正しすぎて、それはありがたいけれど、さみしくもあった。
見れば世界各地からの旅客も今日は踊りの輪に加わっていた。いつも外に開かれた雰囲気のマール・デ・ドラゴーンでも、民と、そうでない者の境界はおのずと存在した。ボロンゴが言ったとおり今日ばかりは特別なのだ。アルスは名も知らぬ相手の背中をぎゅっと抱きしめた。次に手を取った相手は小さな子供で、アルスはその前の海賊が子供に対してしていたのを真似て、両手を掴んで身体ごとくるくると回してやった。子供の嬉しそうな笑い声を聞いていると、兄にでもなった気分だ。音楽が一区切りついて次の曲が始まると、輪は回転の向きを逆にしてまた回り始める。頭上を見上げると、壮観なダンスの全体をバルコニーから眺めている人たちも大勢いた。
その時、外側の輪から中に割り込んでくる人影がちらりと見えた。視界に入った足元から身体へと目線を移すと、シャークアイだった。彼はひどく目立つはずなのに大勢の海賊たちに溶け込んでいた。周囲の海賊たちの歓声に迎えられ、付近にいた何人かがこぞって彼に抱きついたので、踊りの輪はいっとき乱れた。外の輪で踊っているところを見ておけばよかったな、とアルスは思った。マリベルは彼と踊ったのだろうか。
シャークアイはアルスに向かい合う列の中に混じり、船員たちの求めに応じて気軽に肩を抱き合っては日に灼けた彼らの背中を叩き、子供をかかえ上げて回してやっていた。
――今日この日、船にいる人は皆家族ですよ。
海賊の中には小柄なアルスを子供と判定する者も少なくなく、アルスは子供たちがそうされるように何度も大人の腕に抱き上げられた。急に体重を失うスリル、くすぐったい気持ち、空をめぐる視界の新鮮さ。脇を支えられて高く持ち上げられると、賑わう人々の親愛の輪を上から見ることが出来た。
今日この日マール・デ・ドラゴーンにいる者全てが家族なら、今日だけは彼の大きな手が自分にも与えられるのだろうか。今、自分と同じくらい背の低い、知らない子供の頭を撫でているあの手が。
見ればシャークアイはアルスの、もう数人先に迫っていた。まだ音楽が変わらなければいい、とアルスは思った。
新年おめでとうございます!
2010年1月 モル元
「新年おめでとうございます、アルス様!!」
「マリベル様! マリベル様によい年となりますよう!」
海賊たちはアルスやマリベルのもとにも駆け寄り、次々に握手を求めた。甲板の上に満ちたまばゆい黄金の陽光はすぐに早朝の白い光になり、澄んだ水のような青をした空の下、人々は四重の円の形に並んだ。やがてワルツが始まり、一人の若い男が、「踊ろう、兄弟たち!」と声を上げ、それに答える明るい声があちらこちらから聞こえた。
「これがマール・デ・ドラゴーンの新年なのね。すっごく賑やかなのね」
無意識にアルスの袖をつかんだまま、マリベルはうきうきした声で叫んだ。ボロンゴがやってきて、アルスたちの手を取った。
「アルス様、マリベル様、踊りましょうや。今日この日、船にいる人は皆家族ですよ!」
「ええと、僕…」
アルスは困ってボロンゴの顔を見た。その背中の向こうでは人々が軽やかなステップを踏んでいた。
「僕、その、踊れなくて…」
「はは、そんなの、あっしも踊れませんや! ほら、内側の輪に入ればいいんでさ。うまく踊っているのは外側の輪だけで。」
言われてよく見てみると、大きな対の輪の中にもう一組の組み合わせがあって、同じ音楽に合わせていても、様子は異なっていた。外側の輪では向かい合った人々が手を取り合い、寄っては離れ、腕のアーチを潜り、そして次の相手に移っていたが、内側の連中は決まったステップを踏むわけでもなく、ただ次から次に抱擁や口づけを交わして、あとはくるくると楽しそうに回っているだけだった。
「なあんだ、中のほうでは踊っていないのね! あたしは踊りたいわ!」
「それがいいでしょう、マリベル様ならすぐ覚えられますよ。」
「当然よ! アルス、あんたはとろいから、最初は内側の輪にいなさいよ。心配しなくたって、あたしが先に覚えて、あんたに教えてあげるわよ。」
マリベルはさっさと外側の輪に混じり、向かい合った若い水夫に、見よう見まねで綺麗なお辞儀をしていた。恭しく差し出された手に手を重ねる仕草は、もう踊り方の全部をすっかり知っているかのようだった。マリベルは本当に自信家だなあ、と思っていると、ボロンゴがアルスの手を引いた。
「さ、アルス様はあっしらと中で楽しみましょうや!」
人の群をすり抜けて輪の中に混じるとすぐ、目の前の誰かの腕に荒っぽく抱きしめられ、潮に割れた声で、「新年おめでとう!」と叫ばれた。
「あ、新年、おめでとうございます。」
アルスは海賊の腕の中で答えた。そのたどたどしさに海賊は笑顔をこぼした。彼らの分厚い胸や肩は、子供の頃自分を抱きしめてくれたフィッシュベルの父ボルカノや他の漁師たちとあまり変わらないとアルスは感じた。同じ海に生きる者の特徴なのだろう。
今日この日、船にいる人は皆家族ですよ――
日頃の海賊たちはアルスをあくまで客人として扱い、どんなに気さくに話をしても、肩にも背にも触れようとしなかった。長く共に船旅をして、時には共に戦いもする。しかしどれほど打ち解けても、同じ年頃かそれ以下の少年たちはともかく、大人たちからは敬称なしに呼ばれることはなかった。「アルス様」、と呼ばれるたびに落ち着かない気がした。訪れた先の国や都市でそう呼ばれることはたびたびあったけれど、マール・デ・ドラゴーンの海賊たちとは、同じ船の上で生活をともにしているはずなのに。総領シャークアイが範を示しているのだ。この船で最も地位の高いシャークアイが、ずっと年下の自分に対してどういうわけか躊躇なく跪くせいで、彼に倣う海賊たちは礼儀正しすぎて、それはありがたいけれど、さみしくもあった。
見れば世界各地からの旅客も今日は踊りの輪に加わっていた。いつも外に開かれた雰囲気のマール・デ・ドラゴーンでも、民と、そうでない者の境界はおのずと存在した。ボロンゴが言ったとおり今日ばかりは特別なのだ。アルスは名も知らぬ相手の背中をぎゅっと抱きしめた。次に手を取った相手は小さな子供で、アルスはその前の海賊が子供に対してしていたのを真似て、両手を掴んで身体ごとくるくると回してやった。子供の嬉しそうな笑い声を聞いていると、兄にでもなった気分だ。音楽が一区切りついて次の曲が始まると、輪は回転の向きを逆にしてまた回り始める。頭上を見上げると、壮観なダンスの全体をバルコニーから眺めている人たちも大勢いた。
その時、外側の輪から中に割り込んでくる人影がちらりと見えた。視界に入った足元から身体へと目線を移すと、シャークアイだった。彼はひどく目立つはずなのに大勢の海賊たちに溶け込んでいた。周囲の海賊たちの歓声に迎えられ、付近にいた何人かがこぞって彼に抱きついたので、踊りの輪はいっとき乱れた。外の輪で踊っているところを見ておけばよかったな、とアルスは思った。マリベルは彼と踊ったのだろうか。
シャークアイはアルスに向かい合う列の中に混じり、船員たちの求めに応じて気軽に肩を抱き合っては日に灼けた彼らの背中を叩き、子供をかかえ上げて回してやっていた。
――今日この日、船にいる人は皆家族ですよ。
海賊の中には小柄なアルスを子供と判定する者も少なくなく、アルスは子供たちがそうされるように何度も大人の腕に抱き上げられた。急に体重を失うスリル、くすぐったい気持ち、空をめぐる視界の新鮮さ。脇を支えられて高く持ち上げられると、賑わう人々の親愛の輪を上から見ることが出来た。
今日この日マール・デ・ドラゴーンにいる者全てが家族なら、今日だけは彼の大きな手が自分にも与えられるのだろうか。今、自分と同じくらい背の低い、知らない子供の頭を撫でているあの手が。
見ればシャークアイはアルスの、もう数人先に迫っていた。まだ音楽が変わらなければいい、とアルスは思った。
新年おめでとうございます!
2010年1月 モル元
2009年12月の更新記録です。
この船に辿りつくまで楽器を手に世界中を旅して回ったというマーディラス出身の弦奏者は「陸のどの都市でもマール・デ・ドラゴーンに勝るほど荒々しい演奏を好む文明の民はいない」と言って笑っていた。今宵楽隊の奏でるメロディは耳に珍しい異国の音楽ばかりであったが、陸出身の者に言わせるとそれらは「非常に威勢の良い編曲」が施されているらしい。彼らはそれを親しみをこめてマール・デ・ドラゴーン風とか、もっと簡単に海賊風と呼んで特別愛していた。船縁や船上の木々は女たちによって飾り付けられ、木々の下には美しい衣装をつけた詩人たちや踊り子が集まって人々を楽しませている。海賊たちが傾けるグラスには普段とは違う酒が満ちていて、細かな泡を立ち上らせていた。
「やはりいつもの宴とは違うな」
シャークアイがそうひとりごちたのは音楽や装飾のせいもあったが、直接的には次々運ばれる料理の内容のためだった。数種類の肉、手の込んだデザートは普段の宴を盛り上げる大雑把な魚料理とは違っていた。シャークアイは給仕の男たちの波を遡るようにして厨房に行き着いた。開け放された扉から中に入ると、ぐつぐつと鍋の煮え立つ音が聞こえ、香草で調理された肉の芳しい香りが鼻腔を擽った。忙しく働く料理人たちの奥から料理長が出てきてシャークアイに挨拶した。
「シャークアイ様。いかがですか、甲板の様子は?」
「うん。女たちが楽しそうだが、海賊はあまり変わらんな。」
シャークアイがそう答えると、料理長は「そうでしょうなあ」と言って笑った。そこに若い料理人が寄って来て、「でも、料理がいつもと違うから、皆さんの食べっぷりも違うでしょう」と尋ねた。すらりと背が高く繊細な手をした男だ。肌も髪も色が明るく、さっぱりとしていて、そして賢そうな顔をしている。陸の大国フォロッドから、父と言うより船の厨房の連中に気に入られて乗船した男で、根が海賊でないこの男の、気安くて品のある喋り方、物怖じしない態度、それから彼が持ち込んだフォロッドの香のよい調理法のために、厨房で随分可愛がられていた。
「酒の味もいつもより繊細だな。」
シャークアイが感想をもらすとフォロッドの料理人は嬉しそうに笑った。
「本当はフォロッドの味は、全然、こんなものじゃないですよ。すっかり荒っぽくなってますよ。そういえば楽隊の人も、ほらマーディラス出身の連中、マール・デ・ドラゴーンは世界で一番好戦的なクリスマス・オーケストラをやると言って笑ってましたよ」
そうか、と言ってシャークアイも笑った。父は何かと物好きで、船の慣習にはないものを取り入れて船員を楽しませることは今日ばかりでなかった。船生まれではなくて冒険好きでこの船の乗組員に加わった者たちもまた、「竜の海すべてを旅する巨船ならではのこと」と言ってそれらを喜んだ。いずれも今日の祭りのように船特有の雰囲気の中でアレンジされ、よそよそしさは消え去り、生粋の海賊にも、旅客にも、新奇な楽しみを与えるのだ。
「若様、召し上がっていますか。よかったらこれ、味見して下せえよ」
今度は船育ちの料理人が、骨つきの鶏肉がふんだんに載った大皿を手に持ってシャークアイのほうに近づいてきた。
「あっしも作らせてもらったんで。うまく出来たと思うんですが」
シャークアイがそのひとつを試食してみた。普段はテーブルに並ぶことのない、今日のために仕入れた食材だ。
「うまい。これはフォロッド風なのか?」
「ええ、そうなんです。香りがいいんで。酒もすすみますぜ。」
「なんでも酒の肴に仕立てちまうんだから」
海賊男の言葉に近くにいた料理人たちが笑った。「宮殿の味がやられっぱなしですねえ」とフォロッドの若者は楽しそうに苦笑した。シャークアイは厨房を離れ、大賑わいの甲板を横切りながらその中に父の姿を探した。さきほどまで年長の船員たちに混じって酒を飲んでいたはずだが今はあたりに見当たらない。キャプテンは?と近くの男たちに訊いて回ると数人目が船長室の方向を指差した。シャークアイがその指の先を見上げると船の主は一人でバルコニーにもたれ、異国の酒を片手に、色とりどりの明りに照らされた家族たちの様子を慈しんでいた。息子の視線に気付いた彼はグラスを掲げて見せた。小休憩を終えた近くの楽隊が楽器を取り直してまたとびきり賑やかなクリスマス・ナンバーを奏で始め、真紅の衣装と雪のように真っ白な長い髭を着けた陸の男が一人、足取りをその軽快な楽曲に合わせ、子供たちにお菓子を配り歩いている。
「やはりいつもの宴とは違うな」
シャークアイがそうひとりごちたのは音楽や装飾のせいもあったが、直接的には次々運ばれる料理の内容のためだった。数種類の肉、手の込んだデザートは普段の宴を盛り上げる大雑把な魚料理とは違っていた。シャークアイは給仕の男たちの波を遡るようにして厨房に行き着いた。開け放された扉から中に入ると、ぐつぐつと鍋の煮え立つ音が聞こえ、香草で調理された肉の芳しい香りが鼻腔を擽った。忙しく働く料理人たちの奥から料理長が出てきてシャークアイに挨拶した。
「シャークアイ様。いかがですか、甲板の様子は?」
「うん。女たちが楽しそうだが、海賊はあまり変わらんな。」
シャークアイがそう答えると、料理長は「そうでしょうなあ」と言って笑った。そこに若い料理人が寄って来て、「でも、料理がいつもと違うから、皆さんの食べっぷりも違うでしょう」と尋ねた。すらりと背が高く繊細な手をした男だ。肌も髪も色が明るく、さっぱりとしていて、そして賢そうな顔をしている。陸の大国フォロッドから、父と言うより船の厨房の連中に気に入られて乗船した男で、根が海賊でないこの男の、気安くて品のある喋り方、物怖じしない態度、それから彼が持ち込んだフォロッドの香のよい調理法のために、厨房で随分可愛がられていた。
「酒の味もいつもより繊細だな。」
シャークアイが感想をもらすとフォロッドの料理人は嬉しそうに笑った。
「本当はフォロッドの味は、全然、こんなものじゃないですよ。すっかり荒っぽくなってますよ。そういえば楽隊の人も、ほらマーディラス出身の連中、マール・デ・ドラゴーンは世界で一番好戦的なクリスマス・オーケストラをやると言って笑ってましたよ」
そうか、と言ってシャークアイも笑った。父は何かと物好きで、船の慣習にはないものを取り入れて船員を楽しませることは今日ばかりでなかった。船生まれではなくて冒険好きでこの船の乗組員に加わった者たちもまた、「竜の海すべてを旅する巨船ならではのこと」と言ってそれらを喜んだ。いずれも今日の祭りのように船特有の雰囲気の中でアレンジされ、よそよそしさは消え去り、生粋の海賊にも、旅客にも、新奇な楽しみを与えるのだ。
「若様、召し上がっていますか。よかったらこれ、味見して下せえよ」
今度は船育ちの料理人が、骨つきの鶏肉がふんだんに載った大皿を手に持ってシャークアイのほうに近づいてきた。
「あっしも作らせてもらったんで。うまく出来たと思うんですが」
シャークアイがそのひとつを試食してみた。普段はテーブルに並ぶことのない、今日のために仕入れた食材だ。
「うまい。これはフォロッド風なのか?」
「ええ、そうなんです。香りがいいんで。酒もすすみますぜ。」
「なんでも酒の肴に仕立てちまうんだから」
海賊男の言葉に近くにいた料理人たちが笑った。「宮殿の味がやられっぱなしですねえ」とフォロッドの若者は楽しそうに苦笑した。シャークアイは厨房を離れ、大賑わいの甲板を横切りながらその中に父の姿を探した。さきほどまで年長の船員たちに混じって酒を飲んでいたはずだが今はあたりに見当たらない。キャプテンは?と近くの男たちに訊いて回ると数人目が船長室の方向を指差した。シャークアイがその指の先を見上げると船の主は一人でバルコニーにもたれ、異国の酒を片手に、色とりどりの明りに照らされた家族たちの様子を慈しんでいた。息子の視線に気付いた彼はグラスを掲げて見せた。小休憩を終えた近くの楽隊が楽器を取り直してまたとびきり賑やかなクリスマス・ナンバーを奏で始め、真紅の衣装と雪のように真っ白な長い髭を着けた陸の男が一人、足取りをその軽快な楽曲に合わせ、子供たちにお菓子を配り歩いている。
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ゲーム大好きモル元です。
9のプレイも一段落ついて、そろそろ7小説に戻ろうか、と書き始めた途端、シャークアイの知名度や活動人口の少なさを再び思い知って打ちひしがれている今日この頃です。皆さんにシャークアイのことを思い出してもらったり、好きになってもらうために、めげずに頑張って書いていきます!
シャークアイ関連の雑談やコメントなど随時募集中。お気軽に話しかけてやって下さい。世の中にシャークアイの作品が増えるといいなと思って活動しています。
シャークアイ、かっこいいよね!
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